『悠久たる時を往く』 創造の世

§ 四. 大暗黒紀

ザビュールの反乱。神々の戦い。

 神々と人が住むアリューザ・ガルドのなかにあって、孤高の存在であったドゥール・サウベレーンの中に、人間になりたいと願う者が現れるようになった。
 龍は自分達の持つ知識と力をもって、人化のすべを形成するに至ったのだ。これは龍の英知がいかに神々に近しいものかを物語っている。
 龍王イリリエンは難色を示したが、人化を切望する龍達の願いを受け、最後には理解するようになり、ヴァルドデューンに申し立てた。
 ヴァルドデューンは、龍の意外な申し出に驚きはしたものの、人化を承諾した。
 かくして、炎の加護を受ける龍人、ドゥロームが誕生した。

 人間達は、各々の種族によって言語が異なっていた。
 当初は何ら問題が起きなかったが、各種族が交流を始めるに従い、言語の違いは大きな妨げとなる。
 “力”を統括するアリュゼル神であるトゥファールは、人間達に新たな言葉をもたらした。ラズ・デンと呼ばれるこの言語は、アリュゼル神族の言葉であるタス・アルデスを人間が発音可能なように簡素化したものである。
 アリュゼルの子らである人間達には馴染みのある言葉であったため、ラズ・デンはすぐにもアリューザ・ガルドの共通語となった。
 だが、ラズ・デンには大きな欠点があった。もともとが神の言葉であるゆえに、発する言葉自体が大きな力を持ってしまっている点である。

[フォーユ・ネェルンの大禍]

 かくして、フォーユ・ネェルンの大禍は起こるべくして起きてしまった。
 人間達の言葉の裏に潜む負の感情――妬みや悲しみ、怒りなど――がアリューザ・ガルドに蔓延していき、世界は重苦しい雰囲気に包まれた。
 やがて空気は障気を帯び、水は毒となっていく。
 そして――蓄積された負の障気は、ついに弾けた。
 “滅びのことば”によって、である。
 その言葉はラズ・デンの中でも最も短い単語群によって形成されており、それまでにも祈りや呪いのために日常的に使われていたものらしい。
 その言葉が突如、とてつもない力を発揮したのだ。
 世界はかたち無き力の暴走によって壊滅の危機に瀕する。その有様は、のちの“魔導の時代”における魔導の暴走に酷似するものであったが、被害ははるかに甚大であった。

 アリュゼル神族は地上に降臨し、ついに暴走をくい止めた。
 しかし、世界に平和は訪れなかった。人間達は言語を取り上げられてしまったのだ。
 神々の降臨の折に、ザビュールが人間達の言葉を封じたのである。これにより人間達は話すべき言葉を失い、彼らはひどく混乱した。

 ――人間達を野放図にした挙げ句の果て、世界は破滅にさらされることになったのだ。人間達に自主性など与えてはならない。あくまで、アリュゼル神族が主体となってアリューザ・ガルドをはぐくむべきだった。しかし、アリュゼル神族も腑抜けてしまった。もはや兄に天帝たる資格などない――
 もともと他のアリュゼル神族とは考えを異にしていたザビュールは、そう考えるに至った。そして、自分こそが至高の神たらんと、兄ヴァルドデューンに対して反旗を翻したのだ。

[冥王ザビュール]

 ザビュールは単独でヴァルドデューンの宮居に攻め入った。しかしヴァルドデューンの姿はなく、ザビュールのこの企ては失敗に終わる。
 アリューザ・ガルドの西の果てにある裁きの塔にてザビュールは裁かれた。すべてのアリュゼル神族を前にして、ザビュールは深く頭を下げ、改心したかに見えた。
 しかし、これまでの行動はすべて、ザビュールの策略であった。法廷が終わる直前になり、ザビュールは己が持つ強大な力をはじめて世にあらわしたのである。
 内包するあまりにも膨大な、“まったき黒き色”を、憎悪の衣と化して身にまとったザビュールは、その場で七柱ものアリュゼル神を殺した。それら死んだアリュゼル神の魂を自らの魔力と還元し、ザビュールはその魔力をさらに膨張させて、次元をひとつ、新たに創りあげてしまったのだ。
 魔界“サビュラヘム”の創造である。

 ザビュールは、魔界の唯一の神、“冥王”として君臨することを明らかにした。さらに、アリューザ・ガルドを永遠に冥王の支配下に置くことをヴァルドデューンに対して宣言すると、邪悪な笑いと共に魔界へと消え去った。
 魔界へとつながる次元の扉は、アリューザ・ガルドの東部域にすでに出来上がっていた。ザビュールは、自ら創造した魔物を魔界からアリューザ・ガルドへと解き放った。
 神々が手をこまぬいていると、ディトゥア神族や人間達、龍の中にザビュールに魅せられた者が出てくるようになった。深く絶望したこれらの者達は、アリュゼル神族の説く理想は脆く儚いものであると考え、すべてを凌駕するザビュールの超常的な力に魅せられたのだ。
 ザビュールはこれらの者達、特にディトゥア神族を受け入れることがなかった。原初の民であるディトゥア神族こそ、アリューザ・ガルドにとって邪魔な存在だと冥王は考えていたからである。
 それでも必死にすがるディトゥア達に対し、ザビュールは、彼らの肉体を異形のものに変化させてしまった。
「余は貴様らの姿をこのように変えることができるのだ。それでも、この冥王に仕えるか?」との問いに、ディトゥア達はひれ伏し、心からの忠誠を誓ったのだ。
 ザビュールは彼らを忠実なる下僕であると認め、ディトゥア達を天魔《デトゥン・セッツァル》、人間達を魔族《レヒン・ザム》、龍達を漆黒なる冥底の眷族《イズディル・シェイン》とした。

 かくして魔界の勢力は地に満ち、アリューザ・ガルドは千年以上に渡って、恐ろしい暗黒のなかに閉ざされることとなる。

[神々の戦い]

 千年もの間、神々や人間はザビュールの暴虐をただ傍観していたわけではない。彼らは時折、機が熟したと見たときに魔界サビュラヘムにうって出たのだ。しかし、その結果はいつの時代も悲惨なものとなっていた。どれくらい多くのディトゥアや人間の血が流れたのか定かではない。

 アリュゼル神族はついに、ザビュールを滅ぼすために天空の宮殿フォルタスをあとにし、再度アリューザ・ガルドに降臨した。神々は持てる力をすべて顕現させてまで冥王を滅ぼすことにしたのだ。
 だが人間達にとっては、神々の超絶的な力に耐えることができない。そのためアリュゼル神族は、神々の戦いに終止符が打たれるまで、人間達を眠りにつかせることとした。

 ついに神々同士の戦いが始まった。アリュゼル神族が地に降臨すると同時に、冥王を初めとした魔界の軍勢もアリューザ・ガルドに出現した。
 神々の戦いは熾烈を極めた。
 戦いのさなか、唯ひとつの大陸はふたつに分断された。多くの大地が海に沈み、また海底が隆起して新たな大地となった。
 山は割れ、雷は全天に轟き、地震と洪水が大地を襲う――世界中に天変地異が襲い来る中、神々と冥王の軍勢は一進一退を繰り返していた。
 だが、一人のデトゥン・セッツァルの裏切りによって戦局は終局に向けて大きく動いた。
 ディトゥア神族としての本来の責務を思い起こしたこの天魔は、魔界へと通じる門を固く閉ざしたのだ。
 退路を断たれた魔界の軍勢は浮き足たち、アリュゼル神族やディトゥア神族によって次々に打破されていった。ヴァルドデューンはついに、ザビュールと戦いを始めた。あとがないザビュールは、戦いのさなか逃亡を図った。
 アリュゼル神族は、冥王を討ち滅ぼすことは叶わなかったものの、神々の力によって、逃げ行く冥王を暗黒の宙に幽閉した。

 アリューザ・ガルド大破壊の果てに、神々の戦いは終焉を迎えたのだった。

[アリュゼル神族の離別]

 冥王を封じたとはいえ、もはやアリューザ・ガルドは荒廃し、かつての楽園の姿を留めるものではなくなってしまった。
 アリュゼル神族も自ら危惧していたように、神々の力はアリューザ・ガルドで行使するべきものではなかった。神々の力とは、世界の摂理をはるかに超越するものであった。
 結果、大陸は分断され、神々と人間の理想郷であるはずの世界は、永遠に失われたのだ。
 アリュゼル神族は、アリューザ・ガルドから離れる決意をする。自分達は遙か天の彼方、“アルグアント”という名の天界の次元に移り、そこから世界の存在意義を与えるように、見守り続けることにした。

 アリューザ・ガルドの運行を任されるのは、ディトゥア神族である。
 ヴァルドデューンは、ディトゥア神族の長であるイシールキアに力を託した。これによりイシールキアは、アリュゼル神族に等しい力を持つようになった。
 またイシールキアは、四匹の聖獣を授かった。すなわち、東方の守護イゼルナーヴ、西方の守護ファーベルノゥ、南方の守護エウゼンレーム、北方の守護ビスウェルタウザルである。
 戦いを終局に導いたデトゥン・セッツァルは改心し、イシールキアのもとを訪れた。この天魔すなわち浄化の乙女ニーメルナフは、ヴァルドデューンの后フルーウェンの祝福を受けてディトゥア神族となった。ニーメルナフはのちにイシールキアの妻となる。
 ヴァルドデューンらアリュゼル神族が去った後、イシールキアは聖獣達を四方に飛ばし、全土に重くのしかかっている灰色の雲を引きちぎらせた。雲の合間を縫うようにして光の筋が次々と差し込み、千年ぶりに太陽が姿を現した。

 それとともに、眠りについていた人間達が目覚めることとなる。
 ディトゥア神族のアヴィトは、言葉を失ったままの人間に新たな言語を授けた。この言語はハフトといい、ディトゥア神族の言語テウェン語から派生したものであり、ラズ・デンのような力は持ち得ない。

 こうしてアリュゼル神族の時代は去り、アリューザ・ガルドの歴史は人間によって紡がれていくことになる。

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