『赤のミスティンキル』

 以降、『赤のミスティンキル』に関する史料や伝承は、公《おおやけ》のものとしては後世に残されていない。
 魔導を復活させたミスティンキル。彼がこの後、どのような人生を送ったというのか。断片的に残されている蒼龍アザスタンや宵闇の公子レオズスの記憶を元に、ここに著述する。
 しかしながら――アリューザ・ガルド世界が緩慢たる滅びの時――“永遠の黄昏”を迎えた今なお、大いなる謎として残る“忘却の時代”。これについて知る手がかりは、永遠に失われたままである。

§ 第二部 その後 あらすじ

(一)

 魔導塔ヌヴェン・ギゼから飛び立ったミスティンキルとアザスタンは、他の三つの魔導塔からも魔力の帯が迸《ほとばし》り、中心点――魔導王国の王城、オーヴ・ディンデへひた走るのを目撃する。

◆◆◆◆

 紺色の空のもと、四方の魔導塔から放たれた魔力は光り輝きながら、オーヴ・ディンデ目がけて迸《ほとばし》る。ミスティンキルはじっとそれを――この世のものならぬ超常の様《さま》を睨む。
「あれがぶつかり合ったら、どうなっちまうんだろうな」
 問いかけに対し、アザスタンは黙したまま空を駆ける。龍は無駄口を叩かない。これから起ころうとしていることがなんなのか、アザスタンとて推し量れるものではないのだ。
「その前に辿り着けるか? オーヴ・ディンデに」
【あれらをせき止めようとでも言うのか?】
「方法が分かりゃあそうしたい。けど、どうしたもんだか皆目見当も付かねえ。あそこにいるウィムリーフに訊くくらいしか思い浮かばねえんだ」
【よしんばウィムリーフが手段を知っていたとしても、ぬしの思いどおり事が運ぶかどうか。なにより時間がないぞ】
「分かってる。だからあんたには無理をしてもらっている!」
 ミスティンキルが檄を飛ばすと、アザスタンは笑うかのように鼻から煙を吹き出した。
【騎手は無理をおっしゃるな】
「この速度ならオーヴ・ディンデまですぐだろう?」
【しかり。……と言ってぬしを安心させてやりたいところだが、やはり事はそううまく運ばぬ。呪いだ。オーヴ・ディンデに近づくにつれ、呪いが強大なものとなって蝕んでくる。わしは今、それと戦いながら飛んでおるのだ】
「アザスタン?!」
【我が名にかけて、オーヴ・ディンデまで飛んでみせる。だが……最後には呪いがわしを殺すだろう。そうなったらミスティンキルよ。赤い瞳の龍人《ドゥローム》よ。わしのことは置いて、ぬしのやるべきことをなせ】
「馬鹿を言え! あんたが死ぬだって? だったら地上に降りよう。降りて、歩いて城まで行こう! それなら呪いは止まるだろう?」
【だが徒歩では半日はかかる。まさに今、何かが起ころうとしている時に、そんな悠長な真似などできん。……速度を落とせばわしもなんとか呪いに耐えきれるのだが……】
「……分かった。これ以上無理をするな、アザスタン。あんたが飛べるところまで飛んで行ってくれ」
【済まぬな。わしをしても呪いに打ち克つことは敵わない。だがオーヴ・ディンデまでは必ず飛んでみせる】
 ミスティンキルは了解したとばかりに龍の背中を撫でた。そしてまっすぐ前を見据える。
「さあて、じゃあ見せてもらおうじゃねえか。どんな大仕掛けの魔法が出てくるってんだ? それでもおれは絶対にオーヴ・ディンデに行く! そしてウィムを取り戻す!」
 ミスティンキルは声高に言い放った。

◆◆◆◆

 四つの魔導塔から放たれた魔力の帯は、とうとう中心部、オーヴ・ディンデの結界でぶつかり合う。
 魔力の色は混ぜ合わさり、宵闇よりなお濃い暗黒を作りだしたのだ――

◆◆◆◆

 “闇”が形成された。
 超常の様相を呈しているその場にある、ウィムリーフの青い魔力はいっそう際立つ。
 ミスティンキルは無意識のうちに“遠目の術”を発動させた。彼の視界はぐっと、ウィムリーフへ引き寄せられる。彼女はすらりと屹立し、オーヴ・ディンデの結界と対峙している。今もまた、背中しか窺い知れない。
 刹那、彼女が振り向き、笑みを浮かべた。今度ははっきりと、ミスティンキルを捉えた。
「――!!」
 その妖しさに、ミスティンキルは魂を吸い取られそうな感覚に囚われた。

◆◆◆◆

 ウィムリーフは両手を掲げる。すると、形成された闇は一転、光の玉となる。

◆◆◆◆

【そんなことが起こりうるのか?!】
 千年以上を生きる蒼龍をして経験したことの無い、恐るべき事態が起きている。
 魔導の究極である“光”が形成されたのだ。これがどれほど驚愕に値するか、ミスティンキルはまだ知り得ない。ただ、彼は本能的に畏《おそ》れた。

◆◆◆◆

 そして光により結界は消失した。幾百年の時を経て、滅び去った王城――オーヴ・ディンデがいよいよその姿を現した。
 ミスティンキルとアザスタンは大いに恐れる。何か切り札はないか。そう考えているうちミスティンキルは、朱色《あけいろ》のヒュールリットのことを思い出した。

◆◆◆◆

【……貴君らを捨て置くのは私の義に反する。竜殺しの勇者達よ、魔境を巡る冒険家達よ、もし貴君らに危険が迫り、助けを求めるのならばいつでも参じよう――】
 一週間前、“壁の塔”ギュルノーヴ・ギゼ上空でヒュールリットは約束した。ならば今こそがその時だ。
【あのデューウ《はらから》を喚ぶのか。時間がかかるかもしれんぞ】
 とアザスタン。
「分かってる。けれど、これから先どうなるかなんて、おれ達に想像できねえだろう? 助けはあったほうがいい。ああ。まったくないよりはずっといい」
 ミスティンキルは赤水晶《クィル・バラン》のかけらを上衣の内側から取り出す。護符がわりにと肌身離さず持ち歩いていたものだ。生まれ故郷から追い出されたときに持たされた赤水晶。そのうちのまだいくつかはこの冒険行に持ってきている。ただしそれらは下の野営地に置いてきてしまった。
 だが今はそれにかまっている場合ではない。ミスティンキルにとって本当に大事なものはそれではない。彼は天を突くように赤水晶を高く掲げ、ぐるりと空中に円を描く。

「龍のアザスタン、そしてドゥロームのミスティンキル・グレスヴェンドが喚ぶ!」
 ミスティンキルは召致のはじまりのことばを言い放つと、自らの魔力を水晶に宿らせた。
【……ケルスタ・アーンエデュヴイガック・ノマ・ヘウルリェット(召致に応じよ、汝が名はヒュールリット)】
 まるで自分の言葉のように、龍の言葉をつらつらと詠唱する。言い終わると彼は目を閉じて赤水晶に念じた。一瞬、赤水晶がまばゆく煌めいた。
(ウィムを、おれ達を助けてくれ!)
 魔力を帯びた赤水晶をかざしながら、ヒュールリットへ届けと願いをこめる。
 しばらく間を置き、強い念を込めて二度、三度とヒュールリットの召喚を試みた。
【ケルスタ・アーンエデュヴイガック・ノマ・ヘウルリェット!】
 しかし変化が起きる兆しはない。
「頼む! 来てくれ! ヒュールリット!」
 ちらりと、横目でアザスタンの顔を伺う。アザスタンは目を閉じて佇み、無言を貫いている。念が届くのにも時間がかかるのか、それともやり方を間違えたか。ミスティンキルが不安を抱いた時――

【……ミスティンキルだな。このヒュールリットの助力が必要か】
 その声は明瞭に、ミスティンキルの頭の中に直接語りかけてきた。
「ヒュールリット! どこにいるんだ? 頼む、おれ達のところまで来てくれ! ウィムが、アイバーフィンのウィムリーフが飛んでいった。あいつはオーヴ・ディンデの結界まで行っちまった! たったひとりで――!」
 ミスティンキルの声色が感情的に揺れる。
【結界の地――! 封印は解かれたのか?】
 ヒュールリットの声が厳しいものになる。
「いや、今のところは……」
【……なるほど。魔導塔にいるようだな? 実は私もそちらに急ぎ向かっているところなのだ。わけあって聡明な魔法使い達を連れている】
「魔法使いだって? そいつは助かる。いや、とにかく早く助けがほしい。すぐにだ!」
 しばらく時を置いてヒュールリットの声が伝わってきた。
【私は引き続き、急ぎ向かう。連れの魔法使い達も貴君らに会いたがっている。だが到達にはしばし時を要する。それまで待て! ……大事が起きるまえになんとかせねばならん。私の直感であり、連れ人の考えでもある】
 ヒュールリットからの念話は遮断された。と同時に、媒介となっていた赤水晶は赤い炎に包まれ、ミスティンキルの指の間であっという間に燃え尽きた。

(二)

 一方、ミスティンキルたちを追いかけていた、ハーンとエリスメア、そして神獣は――

◆◆◆◆

 時はさかのぼる。
 ハーン父娘が駆る神獣エウゼンレームが、その神速をもってラミシス遺跡の島に辿り着かんとしたのは、彼らのデュンサアル出立から一晩明けた朝方のことだった(大事をとって、夜間は取りやめた)。空気を切り裂いて天翔《あまかけ》る彼らを阻む者は存在し得なかった。
 朱色の龍、ヒュールリットを除いては。

 龍の気配が近づきつつあることを知ったエウゼンレームはぴたりと制止し、下方からヒュールリットが放った灼熱の炎をすんでの所でかわした。
 そしてヒュールリットが現れ、行く手を阻んだ。が、龍にとってこの侵略者達は意外な顔ぶれだったようで、彼はハーンを、エリスメアを、そしてエウゼンレームをそれぞれ睨み付けた。強大な魔法効果を持つ龍の凝視から目を背けたのは、人間《バイラル》であるエリスメアだけだった。ディトゥア神と神獣は臆すことなく龍を真っ向から見据えるのだった。
【……これはどういうことか。宵闇のレオズスに神獣、さらに人間の組み合わせとは】
 戸惑いを見せたのはあろうことか、龍のほうだった。

◆◆◆◆

 それから後――

◆◆◆◆

 夜の帳が降りた。眼下の海の色も漆黒に染まる。
 朱色の龍《ドゥール・サウベレーン》に騎乗するのはハーン。そして彼らと並んで空に滞空する神獣エウゼンレーム、それに騎乗するエリスメア。四者はラミシス遺跡の島への上陸を幾度となく試みるも、ことごとく失敗していた。
 予想だにしなかった事態が起きていた。
 島への上陸を阻むように、目に見えない魔法障壁が屹立していたのだ。九百年前に魔導王国は滅亡し、以来島は沈黙を保ってきたというのに、今日になってまったく唐突に変貌を遂げた。この魔法障壁は、かつて“壁の塔”にいたラミシスの魔法使い達が発動した障壁より遙かに強大だ。島ではいったいなにが起こったというのか――

 と、その時、ヒュールリットが念話を開始したのをエリスメアは察知した。ヒュールリットに騎乗している父も、彼女同様に念話を感知しているようだ。父娘は意識合わせを行うように、視線を交わしてうなずき合った。
【……ミスティンキルだな。このヒュールリットの助力が必要か】
 龍は静かに、念話を続ける。父娘はそれに聞き入った。
【結界の地! オーヴ・ディンデの封印が解かれたというのか?】
 ヒュールリットの声が急に厳しいものになる。念話の相手や会話の内容は把握できないが、“ミスティンキル”と確かにヒュールリットは言った。それはヒュールリットが先日出会ったという龍人《ドゥローム》の魔法使いであり、また自分達が探している“魔導を解き放った者”に間違いないだろう。
 エリスメアとハーンは再び顔を見合わせる。この事態はミスティンキルが起こしてしまった事故なのだろうか?
【……なるほど。実は私もそちらに急ぎ向かっているところなのだ。わけあって聡明な魔法使い達を連れている】
 “聡明な魔法使い達”とは自分達のことだろうか。
【……そうだ。私は引き続き、急ぎ向かう。連れの魔法使い達も貴君らに会いたがっている。だが到達にはしばし時を要する。魔法障壁が私達を阻んでいる。が、必ず突破する。それまで待て! ……大事が起きるまえになんとかせねばならん……なに?! もうオーヴ・ディンデへ向かっているだと?! 待て――】
 ヒュールリットにとっては不本意ながら、念話は途切れたようだ。朱色の龍は苛立たしげに鼻から煙を上らせた。

「……今のは念話だね。君の声だけは聞こえていたんだけれど、相手はミスティンキルだっけ? 魔導の継承者から連絡が来たというわけかい?」
 父ハーン、すなわち宵闇の公子レオズスは単刀直入に問いかけた。龍はハーンのほうへ首を向ける。
【貴殿の言うとおりだ。レオズス。ラミシスの遺跡に向かった龍人と風の民《アイバーフィン》の話はしたな? そのうちの龍人、ミスティンキルが私に助けを求めてきた。『アイバーフィンのウィムリーフが飛んでいった。たったひとりで、オーヴ・ディンデの結界まで』とな】
「ウィムリーフが?! なんのためにそんな危険を……馬鹿な……」
 ハーンは仰天した。
「ああ、いや済まない。君が嘘偽りを述べてると思ってるわけじゃないよ、朱色のヒュールリット。ただね、ウィムリーフ――あの娘のことは僕もそれなりに知っている。僕の友人の孫娘なんだ。あの利発なウィムリーフがまさか、そんな……。ミスティンキルが魔導を間違って発動させてしまった時、それを抑える役目こそがウィムリーフだ、適役だ、とも思っていたのに。なにを思っての行動なんだ? とうてい信じられない……」
【ミスティンキルの言葉にも虚偽はない。貴殿にとってそうであるように、ミスティンキルにとっても突然の背信行為だったのだろう。そしてウィムリーフが飛び去り、それに呼応するように始まったというラミシス中枢域の異変、魔導塔の起動――。これらの事象は人智を越えた魔法を発動させ、アリューザ・ガルド世界そのものに影響を及ぼしてしまうかもしれない、と私は危惧する】
「ウィムリーフ。なぜだ……」
 ハーンは頭を抱えた。
「魔導王国は蘇ったのか? ウィムリーフはそれに操られているとでも?」
【分からぬよ。問題の場所へ行ってみないことにはな】
 ハーンは魔法障壁を苦々しく見つめる。
「……僕達はなんとしても、こいつを突破しなきゃならなくなったな!」

↑ PAGE TOP

(三)

 ヒュールリットがすぐに現れることはないと悟ったミスティンキルは落胆する。ヒュールリットを待とうとも考えるが、ウィムリーフはオーヴ・ディンデの中へと入って行ってしまった。また、アザスタンも限界だ。翼にかけられた呪いがいよいよもってアザスタンを蝕み、これ以上飛ぶのは不可能だ。彼らはオーヴ・ディンデの直前で着陸する。ひどく消耗したアザスタンを気遣い、ミスティンキルは独り、ウィムリーフを追う。

◆◆◆◆

 戦乱で至るところ焼け崩れ、廃墟となったオーヴ・ディンデ城。その入り口でウィムリーフはミスティンキルを待っていた。
 彼女はくすりと笑い、指を鳴らす。と、頭上の月は瞬時に青く色を変えた。
「ようこそ、魔導王国へ。宵う来そ」
 ウィムリーフは言う。
「これこそは私の魔力。月から攻撃しましょうか? それとも黙って付いてくる?」
 この言葉は偽りだったが、ミスティンキルには効果が絶大であった。目の前の彼女は、恐るべき力を持っている。説得すれば元のウィムリーフに戻るであろう。そんな淡い期待は崩れ去ったのだ。
 青い月のもと、ウィムリーフが城の中へ導くように入っていく。意を決し、ミスティンキルもあとに続く。

◆◆◆◆

 長く続く螺旋階段を降り、ウィムリーフとミスティンキルは、オーヴ・ディンデ最深層へと辿り着いた。
 大きな空洞の最深部、そこには魔力の結晶、ぼうと紫に光を放つ“魔導核”があった。
 対峙する二人。ミスティンキルは元に戻るよう、ウィムリーフに説得する。
「私はフィエル。フィエル・デュレクウォーラ。“漆黒の導師”たるスガルトの最後の弟子。ウィムリーフなどではないわ」
 ウィムリーフ、否、魔女フィエル・デュレクウォーラの言葉にミスティンキルは衝撃を受ける。
 追い打ちをかけるように、魔女は言葉を続けた。
 たしかにウィムリーフの意識はこの身体にある。ミスティンキルよ、赤い魔力を持った龍人《ドゥローム》よ、私は願いが叶えられればそれで良い。あなたの力を貸して欲しいのだ、と。
「この魔導王国を復活させようってのか?!」
 ミスティンキルの言葉を聞き、魔女はくっくっと笑う。
「あなたがそう思うならばそれが答えでもいいでしょう。ともかく、ここに三つの大きな“力”がある。あなたの魔力。私の魔力。“魔導核”にあるスガルトの魔力。今、オーヴ・ディンデの大魔導は準備された。あとは発動させるだけ。赤い龍人、あなたの魔力のかぎりを見せてみなさい」
 力を貸しなさい、と魔女は再度告げた。私はあなたを主とし、あがめ、愛しましょう。ウィムリーフの人格もここにいる。
「断る」
 ミスティンキルは明解に意志を告げた。
「ウィムを返せ!」
 ミスティンキルは怒り、膨大な赤い魔力を一気に放った。

「それが答えか!!」
 魔女は言うなり、瞬時に青い魔力の力場を彼女の目の前に顕現させた。
「では我が最大の魔力を発現させましょう! 力をもって己が身を守るがいい! さもなければあなたが死ぬこととなる!」
 フィエルによって、破壊の魔導が発動される。それは空洞どころか、王城を吹き飛ばすまでの威力を持っていた。
 とっさに、ミスティンキルは魔力の防御壁を張る――はずであった。が、彼の魔法は暴走する。彼自身の複雑に絡まった感情に呼応するがごとく。
 ミスティンキルの魔法は――まったき赤い魔力はついに破壊の意志を持ち、比類なき魔導として完成してしまう。
 ミスティンキルは焦り、どうすればこの力を引っ込めることができるか考えるが、フィエルの魔法が近づき、ついにミスティンキルの魔法とぶつかり合ってしまう。
 強大な赤と青の力が合わさると神々の力もかくやとばかりの爆発が生じ、光とともに周囲の地面や壁を粉々に吹き飛ばしていく。もはや制御不能であった。
 魔女はその時、確かに笑みを浮かべた。そして――
 魔力は大きく向きを変え、その先にいるフィエルをも消し飛ばしたのだ――

◆◆◆◆

 ミスティンキルは自らの行為に絶望する。そして暴走を起こした多大な魔力が、反動として彼を覆い包む。
 止めどなく流入してくる魔力。果たしてこの魔力は自分のものなのか、ウィムリーフのものなのか、フィエルのものなのか、それともスガルトのものなのか。
 ――はたまた王国が発動させた魔力なのか。そもそも自然のものとしてここにあった魔力なのか。彼には分からなくなった。
 ただただ、自分が魔力と、世界と、繋がっていく。

 自分とは――
 魔力とは――
 世界とは――

◆◆◆◆

 ミスティンキルの自我は崩壊した。
 彼の意識はどこまで行っても世界と繋がり、また世界は彼の意識に内包されていく。
 “自分”はどこまで行っても“自分”でありつつ、どこにも“自分”などというものはない。世界もまた然り。
 すべてを知り、すべてを忘却する。
 ミスティンキルであった者の意識は、そこで切れた。

↑ PAGE TOP

 || 扉頁に戻る || 

↑ PAGE TOP