『悠久たる時を往く』 終焉の時、来たりて

アリューザ・ガルドの滅びについて語ろう。

§ 十四. “魔界《サビュラヘム》”の顕現

[冥王の復活]

 大要塞タス・ケルティンクス。
 それは“黒き災厄の時代”に冥王ザビュールの命令で建造された、物質界アリューザ・ガルドと“魔界《サビュラヘム》”とを繋ぐ魔族のための地下大要塞。
 かつて英雄イナッシュが“宵闇の公子”レオズスと共に、冥王を“魔界《サビュラヘム》”の奥深く封印したのち、このタス・ケルティンクスも地上との行き来ができないように厳重に封じた。
 レオズスは自らの分身たる影の龍を創り、その龍がタス・ケルティンクスを含む“黒き大地”一帯の守護者となった。
 それから長い時が経ち——予言者ハーヴァンは“魔界《サビュラヘム》”の胎動を予言し、これを聞いた影の龍もまた自ら感じ取っていた。“魔界《サビュラヘム》”の深淵にて、冥王の封印が解かれたことを。

 冥王は封印を打ち破った後、数十年かけて力を回復させ、とうとう復活を遂げたのだ。
 ザビュールは深淵からの一大反攻作戦を企てて軍勢を招集、編成する。“魔軍《ギドゥ・ン・ザヴァル》”は進軍の喇叭《ラッパ》を吹き鳴らしつつ、封印されたタス・ケルティンクス攻略にかかるのであった。彼らは一層一層、地上に向けて支配域を着々と広めていき——とうとう地上、“黒き大地”にまで至ったのだ! 最後の扉を開け、魔の軍勢はついにアリューザ・ガルドに達する。進軍の喇叭《ラッパ》と地響き、そして雄叫びが彼らを狂気めいた興奮に導く。

 時を同じくして——アリューザ・ガルド全土に響き渡る轟音と黒き雷。これは自然の力によるものではない。冥王の力を示すものであった。

 冥王の居城たる昏《くら》き城——イズディル・ザヴァルは、東方大陸《ユードフェンリル》中部域、“黒き大地”に忽然《こつぜん》と出現した。
 時を経ずして他の“魔界《サビュラヘム》”中枢も次々と顕現し、“昏き城”に連なった。
 すなわち、
 暗黒の城塞 ヴェカル・ケルティンクス
 黒の門 ヴェカル・ディズィーグ
 魔都 イザーヴ・アド
 冥底の尖塔 ルゲイ・ンデュム
 絶望の防壁 ン・ゼルーブ山塊
 である。

 “魔界《サビュラヘム》”の一部が次元を越え、アリューザ・ガルドへ転移してくるという大異変。これにより世界に歪みが生じ、有史以来最大の巨大地震が発生した。その威力たるや凄まじく、東方大陸《ユードフェンリル》の中部域に大きな断崖が形成、南北を分断した。
 それから大津波が襲い来る。東方大陸《ユードフェンリル》のみならず、西方大陸《エヴェルク》を含んだ全世界に甚大な被害をもたらすのであった。
 太陽は色を失い漆黒に染まり、白銀であったはずの月も暗黒の色を放つ。
 アリューザ・ガルドは闇に支配されたのだ。

 アリューザ・ガルドの住民たちの大混乱をよそに、大要塞タス・ケルティンクスから地上へと湧き上がる魔族《レヒン・ザム》達は暗黒の城塞ヴェカル・ケルティンクスへと向かう。彼らは天魔《デトゥン・セッツァル》の指揮のもと、来るべき大進撃に向けて軍団を再編成していくのだった。

[“魔軍《ギドゥ・ン・ザヴァル》”の進撃]

 “魔界《サビュラヘム》”の顕現から十日が過ぎ、大混迷の世界にあってもどうにか人々が、多少なりとも落ち着きを取り戻そうとしていたその矢先、さらなる衝撃が世界を襲う。

 “昏き城”イズディル・ザヴァルの頂きに立った冥王が、自らの姿を幻視で天上高くに浮かび上がらせたのだ。あまりに神々しく、美しく、そして禍々しいその姿。幻像であってすら、真正面から見てしまった人間は、一人残らず狂い死んでしまった。超常たる神々の一柱ザビュールを、ただの人間ごときが見るものではないのだ。

 冥王はアズニール語で、人間ひとりひとりの心の奥底へと語りかけた。それは明確な敵意、殺意、憎悪を孕んだ宣戦布告であり、抹殺宣言であった。
 このたび冥王が求めるのは、かつてのアリューザ・ガルドの隷従などという生温いものではなかった。人間たち、ディトゥア神族、そしてアリュゼル神族の殲滅《せんめつ》に他ならない。
 ザビュールに異を唱え、彼を深淵へと追いやったすべてのものを打ち滅ぼし、今度こそザビュールが統べるのだ。

 冥王自身による布告をもって、“魔軍《ギドゥ・ン・ザヴァル》”は東方大陸《ユードフェンリル》北部へと猛進撃を開始する。
 すでにアルトツァーン、メケドルキュアの二国はない。しかし、“最後の勅命”に反してこの地に残った者達の末路は悲惨なものとなった。魔族らは一切の容赦なく、破壊、殺戮、蹂躙——思いつくかぎりの悪逆を為していく。軍勢の昼夜を厭わぬ苛烈な攻撃により、東方大陸《ユードフェンリル》北部は一週間も経たずして“魔軍《ギドゥ・ン・ザヴァル》”の制圧下に属することになった。そうして中枢域以外の“魔界《サビュラヘム》”も徐々にアリューザ・ガルドに顕現し、その度に変動による破壊が起こる。冥王は着実に支配地域を広めていった。

 そんな破竹の勢いの軍勢が唯一、攻めあぐねていた場所がある。こともあろうに、“魔界《サビュラヘム》”中枢にほど近い“黒き大地”の一部地域だったのだ。
 そこは“守人たちの村”と呼ばれ、今は“ダフナ・ファフド”らが住む場所。彼らの戦闘力は人間とは思えないほどに凄まじく高く、また地の利と魔導の防壁を得ているため、“魔軍《ギドゥ・ン・ザヴァル》”の大軍勢を持ってしても落とせずにいた。

 冥王はいったん東方大陸《ユードフェンリル》の攻略を止め、今度はカイスマック島の攻略に取り掛かった。東方大陸《ユードフェンリル》と西方大陸《エヴェルク》とを繋ぐ、貿易の要衝。ここを落とせば西方大陸《エヴェルク》攻略の足がかりとなる。軍勢はかつてのアルトツァーン王国の王都、今となっては魔都と化したガレン・デュイルに集結していく。
 天魔《デトゥン・セッツァル》の長の一人、イオスティッヒが率いる精鋭達は、魔の龍イズディル・シェインらに騎乗して空に舞う。

 西方のバイラル諸国にあらためて宣戦を布告するかのように、魔都ガレン・デュイルから暗黒の波動を帯びた数多の光帯が空高く放たれ、カイスマック島の東側海岸線沿いに次々と着弾。それらは大爆発を引き起こし、周囲は瞬時に廃墟と化した。
 空から飛来した“魔軍《ギドゥ・ン・ザヴァル》”は、圧倒的な力をもって島を蹂躙する。魔の軍勢は勝利を確信し、引き上げていった。

 しかしさにあらず。
 カイスマック島は無人となっており、人的被害は皆無だった。
 ここにいるのは一匹の龍、そして一人の少女のみ。
 破壊し尽くされた街の中、彼女は真っ白い龍に騎乗すると、右手を天に高々と掲げる——なにかの合図のように。

 第二波の攻撃部隊がカイスマック島へ向けて出撃しようというその時、漆黒の空、その天頂に巨大な光輪が出現、やがて輪は幾重にも重なり、まばゆい紋章をかたどる。
 神々しい紋章の中心から一条の真っ白な光の帯が放たれた。それはまっすぐに“昏き城”イズディル・ザヴァルへと向かい——直撃。あろうことか、一瞬にして冥王の本拠地は灰燼と化したのだ!

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