『悠久たる時を往く』 終焉の時、来たりて

アリューザ・ガルドの滅びについて語ろう。

§ 十七. 人の世の終わり

[天帝ヴァルドデューンの怒り]

 “テクノロジー”に基づく文明によりアリューザ・ガルドを覆う魔力は根こそぎ搾取され、ついに枯渇した。
 それまで思うがままに文明を謳歌《おうか》していたバイラルたちは、自分たちを呪い、神の救いにすがるほかなかった。

◆◆◆◆

 ——“色枯れ”は必然的に発生した。
 ありとあらゆる色が徐々に薄くなり、ついには“色”という概念が喪失した。
 世界にある色は暗黒と、漠然とした白のただ二つのみとなった。
 太陽も、そして月も何処かへと消え失せた。
 世界は、“色”が存在しなかった原初世界の様相を呈してきたのである。

 異変は物質界アリューザ・ガルドに留まらず、アリュゼル神族の住む“天界《アルグアント》”にまで及びはじめた。
 アリュゼル親族の長、天帝ヴァルドデューンは、“テクノロジー”を世界にもたらした同族、“力の”トゥファールと、“テクノロジー”を人間の手に引き渡したディトゥア神族のライブレヘルを召致し、問いただした。
 天帝に対してライブレヘルが放った言葉、それは恐るべきものであった。
「アリューザ・ガルドは終わり、世界は原初の姿を取り戻す。次元の彼方よりタインドゥームの神々が帰還し、とこしえに支配するのだ。ここはアリューザ・ガルドではない。タインドゥームとなる! 世界は再度創生されるのだ」

 ヴァルドデューンは激昂した。
 彼は怒りに任せ、禍《わざわい》の種をもたらしたトゥファールとライブレヘル、二柱の神をその場で殺した。
 それだけに留まらない。ヴァルドデューンは神々を率い、アリューザ・ガルドへ降臨することを決意した。
 容赦なく全てを浄化するために。脅威に立ち向かうために。すなわち——

 本来あってはならない摂理、“テクノロジー”を一掃する。
 文明に溺れた不肖の子ら——罪深い人間をも滅ぼす。
 タインドゥーム——古き神々が来襲するというのならば迎え撃ち、今度こそ滅ぼそう。
 長い時を経て、アリューザ・ガルドの魔力は復活し、再び彩られる美しい世界へ戻るだろう。

[“神罰”]

 その日その時、アリューザ・ガルドの住民たちは祈りを捧げた。
 一柱、また一柱と、いと高き存在が地上に降臨してきたのだ。

「見ろ。あの空から光が降りてきたぞ!」
「なんというまばゆい光か。救いの光だ。ありがたい……神さま……」
 だが人々の願いは叶わない。

 地上に降り立った光——ヴァルドデューンらは巨大な人の形を象った。
 あまりの神々しさゆえに、アリュゼルの神を見た者はみな息絶えた。
 また神々が降臨した地——西方大陸《エヴェルク》中央部、イルザーニ地方は跡形もなく消滅した。

 天帝は、穢《けが》れた我が子ら全てに告げた。

「——我らアリュゼルが永久《とこしえ》に住まう地とすべく、我らは地上に降り立った。人間よ。我が子らよ。世界はお前たちの所有物ではない。そしてお前たちが為したことは罪である。これはいかなる対価をもってもあがなえるものではない。だが、罪に対しては罰を与える。我らは二十七(全き聖数)の裁きをお前たちに与えよう。これを神罰と受け止めよ——」

 天帝の神性ゆえに、彼の言葉を直接耳にした者はみな息絶えた。

 “神罰”ははじまった。
 まず、ヴァルドデューンはその右の手から巨大な光球を発動させ、大地にぶつけた。その威力は絶大。西方大陸《エヴェルク》中部の平原地帯が消滅し、いくつもの都市が滅亡した。

 ほどなく、次の裁きがはじまる。
 東方大陸《ユードフェンリル》南部域のイグィニデ山系がいっせいに噴火し、山々の威容は吹き飛び、無くなった。溶岩や火砕流が周辺地域を襲った。次いで火山弾が容赦なく降り注ぎ、東方大陸《ユードフェンリル》が白い炎に焼かれた。

 いくつかの裁きを経て、ヴァルドデューンが渾身の力を込めて地面を蹴りつけた。するとアリューザ・ガルド全土がたわみ、大きく波打つように揺れ動いた。未曾有の巨大地震によって東西両大陸の大部分が海に沈み、代わって中央部に大陸が出来上がった。

 ヴァルドデューンは言った。
「清らかなるこの陸地こそが、“フォルタス《光満つる宮》”を置くにふさわしい場所である。ここが新たなアリューザ・ガルドとなる。私は誓う。全ての憂いを断ち、今度こそ潤いある、美しく豊かな世界を生み出すと」
 神々は人間たちを一顧だにせず、新天地へと足を踏み入れた。

 二十七の“神罰”は十日十晩、間断なく続いた。
 人々が願った救世主——英雄はついに現れることがなかった。

[人の世の終焉]

 十日十晩が過ぎ、大粛清を生き延びたわずかな人々はさらに逃げ惑った。人を全て殺すために遣わされた、神獣をはじめとする神々の眷属を恐れるがゆえに。
 彼らの願いが通じたのか、今まで所在が分からなかった“土の界《テュエン》”への扉が突如出現した。かつてラディキア群島と呼ばれ、今は隆起した大地となったその場所に、土の事象界への扉が開かれたのだ。
 扉に駆け込んだ人々はバイラルではなくなった。かつての土の民——セルアンディルへと先祖返りしたのである。一週間が過ぎ、扉は閉ざされ、ラディキアの大地とともに消えた。
 その地まで到達できなかったバイラルたちは、神々の眷属の執拗な攻撃により残らず滅びた。
 こうして人の世は終わりを告げた。

[力を失ったディトゥア神族]

 この間、アリューザ・ガルドの運行を司る“護るもの”——ディトゥア神族はなにをしていたのか?
 ディトゥアは何もできなかった。
 彼らはかつて“色織りの紀”において、アリュゼル神族から魂と“色”の一部を分け与えられ、古き人間から神族へと昇華した。
 だが“色”が失われた今、彼らからは神性が抜け落ち、ただの人へと戻っていたのだ。

 感情を失い、物言わぬ像と化した者。
 命数が尽き、“幽想の界《サダノス》”へと旅立った者。
 ディトゥア神族の矜持を失うことなく、元ある自分の姿を取り戻そうとしたが望み叶わず、絶望の果てに命を絶つ者。
 アリュゼル神族へ叛旗を翻そうと企てるも、ことが露見し、神獣によって喰われる者など——
 総じて、ディトゥアの最期は悲惨なものとなった。

 残ったのは、アリュゼル神族の神性を持つ、長たるイシールキアのみ。彼は仲間たちの死を悲しみつつも、それを表に出すことはなかった。イシールキアはヴァルドデューンと共にあったためである。
 “宵闇の公子”レオズスは——英雄イリーカの剣として、彼女とともに“負”の球体に飲まれて以降、行方が知れない。

[古神の帰還]

 アリューザ・ガルドと呼ばれた、白と黒の世界。
 今は、アリュゼルの神々のみが在る世界。

 その漆黒の空の下、とうの昔に死んだはずの男がひとり、ほくそ笑む。その男——スティファ・アルヴ・ピェトは天を仰ぎ、高らかに告げた。
「我らはこの世界の全てを否定する。さあ、我が友よ来たれ! やつばらを全て滅ぼそう。我らは新たなる“理《ことわり》”によって、この世界を統べるのだ」
 あろうことかピェトこそが、タインドゥーム神族の尖兵にして導き手であったのだ。

◆◆◆◆

 原初世界を支配し、アリュゼル神族と争い破れ、そして永きに渡り追放されていた神々——タインドゥーム。彼らは気の遠くなる神代、暗黒の宙の果てから、アリューザ・ガルド帰還に向けての計画を進めていた。
 その過程において、彼らの盟主たるスコル・ルアシャが死んだ後——何の因果か——その魂はアリューザ・ガルドの人間へと転生を果たしたのである。
 ここより計画は大きく動き始めた。アリューザ・ガルドに直接影響を及ぼす力を得たからだ。

 まず、冥王を滅ぼす“力”を求めていたトゥファールに囁き、彼に“テクノロジー”と、機械群を与えた。“テクノロジー”とは、古神たちが生み出したのだ。
 さらに古神たちはライブレヘルの意思を操り、アリューザ・ガルドに“テクノロジー”による兵団を繰り出させた。ライブレヘルは操られるがまま、技師ピェトに、“テクノロジー”に関する全ての権限を託し——ピェトは“テクノロジー”を世界に広めた。
 彼らの狙いは一つ。魔力の枯渇による、色の喪失。つまり、原初世界の再現である。
 そして遠大なる計画はここに成就した。

◆◆◆◆

 漆黒の天上。その天の蓋が落ちた。そして見よ。古の神々たちがやって来る。

 神々の戦いがはじまろうとしている。

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