『悠久たる時を往く』 終焉の時、来たりて

アリューザ・ガルドの滅びについて語ろう。

§ 十九. “永遠の黄昏”

 物質界たるアリューザ・ガルドは終焉を迎えた。
 しかし――

 “火の界《デ・イグ》
 “風の界《ラル》
 “土の界《テュエン》
 “水の界《フィデュレール》
 “月の界《カトラ》
 “幽想の界《サダノス》

 これらの世界はすでにアリューザ・ガルドから切り離されていたため、かろうじて残された。
(死後の世界である“幽想の界《サダノス》”は特異な存在であるため、いかな世界であろうと必ず存続する)
 しかし時の流れまでは断ち切ることができず、物質界の因果に引き寄せられることとなった。そのためこれらの事象界において時間は流れを止め、終末の時まで永遠に引き延ばされることとなった。

[常世の地]

 アリュゼル神族による“神罰”から逃れ、“土の界《テュエン》”に辿り着いたセルアンディルたち。彼らのうち半数は土の精霊として“土の界《テュエン》”に帰属することにした。

 一方、もう半数のセルアンディルは、彼らがバイラルだったときのように、人としての営みを続けたいと望んだ。“土の界《テュエン》”の意思は彼らの切なる願いを聞き届けた。こうしてセルアンディルたちの想念は、擬似的な大地を創り上げたのだ。
 他の事象界と異なり、“土の界《テュエン》”が固体という事象を司り、半ば物質界に近しいがゆえにこの奇跡は起こせた。故郷のアリューザ・ガルドを想起させるこの地を、セルアンディルたちは“大地《ファラン》”と呼ぶようになった。

 ほどなく、“火の界《デ・イグ》”からはドゥロームが、“風の界《ラル》”からはアイバーフィンが訪れるようになった。姿を消していた世界樹もこの地に出現して根付いた。大樹の中からはエシアルルが姿を見せ、水が大地を潤しはじめた。

 四つの事象界が再び結ばれたことにより、微弱ながら“色”が復活した。

 神性を失い、死したはずのディトゥア神族。彼らも人として“大地《ファラン》”にあった。
 セルアンディル、アイバーフィン、ドゥローム、そしてディトゥア。彼らは等しく人間として静かに暮らしを営むことを誓ったのだ。

 常世の地――神々も魔法も“テクノロジー”もない“大地《ファラン》”。
 皆が穏やかに生きるため欲もなく、争いごとなど起きようもない。まったき平穏に支配された世界――

[“永遠の黄昏”]

 “大地《ファラン》”において空は常に茜色である。黄昏時から変化することはない。永劫に。
 人間たちはこれを“永遠の黄昏”と呼んだ。
 時の流れはほぼ止まっている。人間たちの歴史は勃興することはない。変化のない時の流れ――
 それは緩慢な死にも似ていた。

 やがて夕焼けの空高く、白銀の月が見えるようになった。“月の界《カトラ》”が繋がったのだ。その月を、憧憬の念をもって見つめる者たちもいた。“大地《ファラン》”から離れたいと願う者たちだ。

 時が動いていないがゆえに課せられた、永遠に近い寿命。変化のない日々。
 そのうち、生きるのに飽いた者も出てくるようになった。彼らは人知れずいなくなり――旅に出た者を二度と見かけることはなかった。そんな時、月は青く光るようになった。
「月の向こう、“幽想の界《サダノス》”へと行ったのだ」
 死出の旅に出たのだ。残された者はそう思うようになった。
 では“幽想の界《サダノス》”をもあとにした魂は、どこへ行くのであろうか?
 “大地《ファラン》”に転生することはない。かつてはアリューザ・ガルドへと転生を果たしていたであろうが、今は――?

 “大地《ファラン》”の人口は増えることなく、穏やかな日々の中で少しずつ減っていく。
 いつの日か最後の一人が死を望み、月の向こうに旅立った時――アリューザ・ガルドの世界は真に終わりを告げるのだろう。

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