『悠久たる時を往く』 終焉の時、来たりて

アリューザ・ガルドの滅びについて語ろう。

§ 十五. 最後の英雄譚

[反撃]

 アリューザ・ガルド天頂から放たれた、まばゆい一条の光が冥王の居城に直撃、“昏《くら》き城”イズディル・ザヴァルは跡形もなく消え去った。
 これは次元を超えたアリュゼル神族達の世界——すなわち“天界《アルグアント》”からの神々の一撃である。ザビュールの暴虐に対し、ついにアリュゼル神族が動きをみせたのだ。
(既知のとおりアリュゼル神族の力は摂理を超越しており、世界の破壊をもたらしかねないため、今回の一撃も彼らにとっては限定的な行使である)
 こうして、神々と人間による東方大陸《ユードフェンリル》奪還作戦が発動した。

 かつての“大暗黒紀”では千年以上、“黒き災厄の時代”でも三百年に渡り、冥王はアリューザ・ガルドを支配した。
 今回は違う。かの“胎動の予言”より七十年余り。アリューザ・ガルドの住民たちは救国の英雄をただ待ちわびるのではなく、周到に準備を整えていたのだ。

 しかし——アリュゼル神族からの攻撃は、同じくアリュゼルの一柱たる冥王ザビュールにとってさしたる損傷ではなかった。すぐさま冥王は拠点を“暗黒の城塞”ヴェカル・ケルティンクスへと移した。
 一方、神ではない魔族《レヒン・ザム》らはそうはいかない。中枢部壊滅の知らせを受けた“魔軍《ギドゥ・ン・ザヴァル》”は浮き足立ち、全軍が総崩れとなった。冥王からの命令を待たずに彼らは西方大陸《エヴェルク》攻略作戦を取りやめ、無秩序に引き上げ始めた。

 英雄たちはこの好機を逃さなかった。
 ここより“魔界《サビュラヘム》”を葬るべく、英雄たちの軍勢が猛攻をかけることとなる。

◆◆◆◆

[先陣を切るは、ふた振りの剣を操る者]

――英雄イナッシュの再来が、軍勢を率いるだろう――

 その名をイリーカ・イェンヒリエル。彼女こそが予言にある、冥王を討ち亡ぼす英雄その人である。

 彼女は古きアル・フェイロス王国の末裔とも、イナッシュの生まれ変わりとも言われるが、実のところ出生は定かではない。だが彼女は間違いなく“運命”が選んだ子であり、比類無き能力と統率力、さらにカリスマ性を備えていた。加えてディトゥア神族の長、イシールキアの直々の加護を受けており、その権能は神にも並びうるものとなっていた。

 光の帯の発動を、カイスマック島から満足げに見ていた彼女は、相棒である白龍に騎乗し、天高く舞い上がった。
 イリーカは世界に告げた。
「機は満ちた、と忌まわしくもかの冥王は宣言し、世界は闇に閉ざされた。ならば私たちも同じく宣言しよう。機は満ちたのだ。我が名、我が命、ふた振りの剣にかけて天帝ヴァルドデューンに誓う。これより我らは総力を以て“魔界《サビュラヘム》”を攻め滅ぼす!」

[聖剣と宵闇の剣]

 ハーヴァンの予言にあるとおり、イリーカはふた振りの剣を自在に操る剣聖とも言える存在。彼女が振るう剣の名は聖剣ガザ・ルイアートと宵闇の剣ファランデュエル・レオズスという。

 ――そう、レオズスである。
 “宵闇の公子”レオズスは長きにわたる諸次元の彷徨の果て、再び聖剣ガザ・ルイアートを見出した。冥王を倒し得るのは唯一、聖剣のみ。しかし、かの超越したザビュールはそれだけでは滅びない。
 事ここにいたり、レオズスは意を決して自らを一振りの剣と変えた。それこそが宵闇の剣ファランデュエル・レオズスである。

[彼に付き従うは大魔導師]

――世界のすべてを知るただひとりの者が、大いなる奇跡を顕現させる――

 予言とただひとつ異なるのは、英雄が女性であったこと、のみである。

 白龍を駆る英雄イリーカは、大魔導師アレーヴ・グレスヴェンドと合流した。
 アレーヴはフェル・アルム魔法学院の長。イリーカの育ての親であり師でもある。彼の生まれは月の世界であり、“赤の”ミスティンキルの血をひいている。
 内に秘めた魔力は無尽蔵とも言えるうえ、世界の理《ことわり》を理解し、“原初の色”を自在に操り、あらゆる魔導を正しく行使できる大賢人、超常者である。

[剣と盾たる“ダフナ・ファフド”]

――其は勇者の一団なり。人の心、人の命数を捨てたがゆえに、人の域を超えた者ども――

 東方大陸《ユードフェンリル》に入ったイリーカとアレーヴを、“黒き大地”へ、さらに“魔界《サビュラヘム》”中枢へと導くのは“ダフナ・ファフド”らである。
 かつて“守人”と呼ばれた存在。もともとはただの人間であったもの。
 だが“胎動の予言”以降は来たるべき暗黒の到来に向け、ただひたすら戦闘力のみを向上させ続けてきた。死をも恐れず修行、訓練に明け暮れる彼らはやがて、人としての心まで捨て去った殺戮機械と化していく。それだけではなく、能力の大幅増強を試すため、様々な秘薬を服薬する。その副作用により、彼らの寿命は短命のバイラルにあってさらに短いものとなっている。
 “ダフナ・ファフド”の人数は減り続け、今や二百人足らず。しかしながらその力たるやまさに勇者と呼称されるにふさわしい者である。
 首領の名はハールーン・イルビス。彼らは文字どおり、決死の剣となり盾となり、“魔軍《ギドゥ・ン・ザヴァル》”からイリーカ、アレーヴを守り通し、この二者を“暗黒の城塞”ヴェカル・ケルティンクスまで導いた。ここに至って“ダフナ・ファフド”の人数は五十人ほどにまで減っていたが、彼らは死んだ同族に対し憐憫《れんびん》の感情などを抱くことは一切なかった。

[超常なる英霊の騎士団]

――この一時のみ蘇りし強者《つわもの》どもは龍に乗りて、無数の敵軍を駆逐する――

 強者ども――彼らは生前にはアリューザ・ガルドで戦士として力を振るい、戦場で死んだ者たちである。
 彼ら一騎当千の英霊たちを指揮するのは、ディトゥア神族のニーメルナフ。英霊の騎士団は揃って龍《ドゥール・サウベレーン》に騎乗し、東方大陸《ユードフェンリル》北部から侵攻、出会った“魔軍《ギドゥ・ン・ザヴァル》”のことごとくを打ち破っていくのだ。

さらに――

[未知なる力を持つ者達]

――神々すら知り得ぬ、未曾有《みぞう》の力。謎めいた彼らこそ、鍵の存在となろう――

 東方大陸《ユードフェンリル》の北から、南から、突如謎の軍団が出現した。魔法文明においても見たこともない、“銀の兵士”と称される機械、それに銀色の飛空船団。これらは明らかに、アリューザ・ガルドの――自然の摂理から逸脱した存在である。“魔界《サビュラヘム》”とは別の意味で――

「これぞ“テクノロジー”だ!」
 機械群を指揮するディトゥア神族のライブレヘルは興奮覚め上がらない。彼はアリュゼル神族、“力の”トゥファールの命を受け、この軍隊を託された。
「見よ! 今に全世界は“テクノロジー”で再構築されるであろう!」

 未曾有の新たなる“力”は快進撃を続け、東方大陸《ユードフェンリル》全域から魔族《レヒン・ザム》を駆逐した。

◆◆◆◆

 英雄たちの反撃からひと月も経たずして、この世界に顕現した“魔界《サビュラヘム》”は破壊し尽くされた。
 残るは冥王ザビュールと彼の麾下《きか》の天魔《デトゥン・セッツァル》。彼らを滅ぼせば、アリューザ・ガルドは闇から解放されるのだ。英雄と、彼女に付き従う者たちはついに“暗黒の城塞”最深層に突入した。

 人間は冥王を、聖剣でのみ傷を与えられる。しかしそれだけでは彼が滅することはない。英雄イナッシュがかつて為したとおり、打ち倒し、深い眠りにつかせたあと封印するほか策がないのである。

 人間が冥王を討ち滅ぼすには――

 彼と対峙したとき、“光”を魔導として発動させること。
 同時に、“滅びのことば”を一切あやまたずに発動させること。
 これらをなにがあっても継続させること。
 ザビュールは物質界たるアリューザ・ガルドに顕現したが、物質界の理《ことわり》に縛られているわけではない。彼は“魔界《サビュラヘム》”の創造主として、かの世界独特の理《ことわり》を創りだした。それは物質界に顕現した現在も続いており、冥王の周囲には“魔の理《ことわり》”とも言うべき事象が常時発動し、超常的な力を冥王にもたらしている。これを打ち消し、物質界の理《ことわり》に固定させなければ冥王を捉えることはできない。魔導の行使はそのためのものである。

 聖剣と暗黒剣を一つの剣のごとく振るうこと。
 “光”と“闇”を一つところに束ねて両者を共存させること。かつ、聖剣のみの力を行使すること。
 これら大矛盾が人の手によって行いうるのであれば、“運命”は世界の変革を認め、ここではじめて人はザビュールの肉体ではなく神核に皹《ひび》を入れることができる。

 以上、奇跡とも言える事柄を余すところなく行使したとしても、いまだアリュゼル神と人間という覆しようもない歴然とした力量の差、器の差があるのだ。あとは“運命”のもと、英雄たちに任せるほか無い。

◆◆◆◆

[“魔界《サビュラヘム》”の終焉]

 ついに英雄たちは冥王の下に辿り着いた。数多の天魔《デトゥン・セッツァル》や魔龍《イズディル・シェイン》らと死闘を繰り広げ、また身を挺してイリーカとアレーヴの二者を守り通した“ダフナ・ファフド”も多くが命を落とし、今やイルビスほか二名を残すのみ。しかし冥王と対峙するのは彼らではない。これは英雄と、大魔導師が為さねばならないことだ。

 二者と冥王は共に語る言葉を持たない。もしかすると我々の知らない領域で論じあったのかもしれないが、ともあれ――英雄イリーカは、ふた振りの剣を構える。それにあわせて大魔導師アレーヴが瞬時に“光”と“破壊のことば”とを同時に発動させた。

 時を同じくして、アリューザ・ガルド全土に轟音が響き渡り、暗黒に染まった空一面が眩く光り輝いた。世界は超常の様相を呈し――それから――

 一瞬のことだった。あらゆる理《ことわり》、制約を打ち破り、英雄と大魔導師はまたたく間に幾万、幾億もの凄まじい攻防を繰り広げ、ついには冥王ザビュールの神核を聖剣が打ち砕いた。冥王の体からはいく条もの暗黒の波動が吹き出す。アリュゼル神族の一柱にして冥王、ザビュールの最期だ。

 しかし――忽然とその場に現れた、得体の知れない“負”の球体が、イリーカとザビュールを急襲、彼らは球体もろともいずこかへと消えてしまった。“天界《アルグアント》”でも“魔界《サビュラヘム》”、四つの事象界でもなく、いかなる次元にも属さない、いずこかへ。

 かくして、ハーヴァンの予言はここに全て成就した。
 すなわち、英雄たちによって魔はことごとく討たれたのだ。“魔界《サビュラヘム》”の遺跡は消え去り、いずれ暗黒の時代は過去のものとなるだろう。アリューザ・ガルドに多大なる痛みを残して。
 また、最後にこうもある。

『世界は新たな変革の時を迎える』

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