『悠久たる時を往く』 分かたれた大陸の世

§ 六. 劫火の時代

王国アル・フェイロス。魔法体系の誕生。帝国主義的膨張と瓦解。

 アイバーフィン及びドゥロームの両種族は、先の“天空の会戦”によって一面の焦土となり、生活が不可能となったラデルセーン地方から移住を開始することとなった。天空より大地を見下ろしていた時分に、彼らの住まうべき場所を既に見つけていたのだ。

 アイバーフィンは、北方のアリエス地方を目指して大移動を始めた。当然ながら移動の途中には、エシアルルの領域であるアブロット地方とウォリビア地方を通過することになったが、両種族ともお互いに不干渉の態度をとり、いさかいごとなどの無いまま、さらに北上を続けようとした。

 一方、ドゥロームは海の向こうに安住の地を求めるようになった。彼らはラデルセーン地方にとどまりながら航海術を独自に編み出していく。とりあえずの目的地は、ラデルセーン東方に位置するラディキア群島であるが、ドゥローム達は遙か東方へ思いを馳せていた。すなわち、ユードフェンリル大陸への移住である。

 しかし、彼ら両種族の思いどおりには歴史は動かなかった。バイラルの興した王国、アル・フェイロス。その軍隊の侵攻により、とどまることを余儀なくされたのである。

[アル・フェイロス王国の建国]

 “ハウグィードの戒め”により、セルアンディル達は土の事象界“テュエン”へとたどり着く道を失った。ここで彼らはむやみに道を探すことをしなかった。時間の浪費であると考えるに至ったセルアンディルは、むしろ自ら進んで土の力の加護を放棄したのである。
 そのため、彼らが本来持ち得ていたセルアンディルの癒しの力は損なわれ、また寿命も短いものとなってしまったが、彼らにはそれらの弱点を補えるだけの資質を持ち得ていた。ここ一番というときの結束力の高さは、他の種族を圧倒するのである。彼らはやがて“結束せしもの”を意味するバイラルを名乗り、共同体同士の小競り合いを短期間でおさめたのだ。
 最大の勢力を誇った共同都市は、なおもウヴァイルであったが、“ハウグィードの戒め”以前の威圧的な態度は影を潜めていた。聖地イルザーニを専横したがために神々の怒りを買ったことは彼ら自身一番痛感するところであったためである。
 ここにおいて共同都市ウヴァイルは、都市同士の結束を強くする仲介者の役割を果たすこととなる。いくつにも分かれていた勢力は次第に固まり、ひとつの大きな勢力を築くこととなった。これがバイラルの興した人類はじめての王国、アル・フェイロスである。フィレイク地方のティン・フィレイカを王都においた。
 王国と名が付いているものの、後の歴史に現れるイクリークやアズニールのような中央集権君主制国家ではなかった。アル・フェイロスの王の在位期間はおよそ十年ほどであり、国王は各都市の長から選出される。そのため、共和制の色が濃厚であった。国民の多くはホルスびとであった。
 建国の年より歴史書が編纂され、また暦法が世に広まる。アル・フェイロス暦である。

[新たなる力、魔法]

 アル・フェイロス国内は文化的美術的にも繁栄したが、いっぽうで人間にとって大きな発見があった。それこそ魔法の力である。
 土の加護を無くしたセルアンディル、すなわちバイラルにとって、土の力に取って代わる新たな力を得ることこそが夢であった。いくらバイラルが人間の中で最大の勢力を持っているとはいえ、どう猛な竜達“ゾアヴァンゲル”や魔物に対しては無力であるからだ。
 力の覚醒は突然に起きた。今までの常識では考えられない超常の力を使える者が現れたのだ。彼らこそ魔法使いの始祖である。魔の力を持った異端の民として、当初は蔑まれた彼らであるが、その力は脅威である。
 アル・フェイロスは懐柔策として、うまく彼らを社会の上層部に組み入れた。魔法使いは最良の環境で自信の持つ力の研究を存分に行うことが出来るようになったのだ。

[アル・フェイロス軍による制圧]

 アル・フェイロス王国の固い結束力は揺るぐことがなかった。それゆえ、諸都市の統一では飽きたらず、バイラル達はさらに勢力を拡大し始める。フィレイク地方からイルザーニ地方への拡大はたやすかった。このイルザーニ地方はセルアンディルにとっての聖地であるがゆえに争いは避けられ、アル・フェイロスは無血でイルザーニを版図に加えることができた。
 その後、南方のシャルパ地方とドゥータル地方に進軍するが、既にこの地にて徒党を組んでいたベルドニースびと、ラクーマットびとと激しく対立する。しかしながら魔法の助力もあり、五年の時を経てこの地を制圧する。
 これによりアル・フェイロスの建国から僅か二十年足らずで、すべてのバイラルがアル・フェイロスの名の下にひとつとなったのである。

[大森林を焼く劫火“ルアラン”]

 征服意欲に駆られるアル・フェイロス王国はさらに版図を拡大していくことになる。アル・フェイロス最後の王となったルヴォネルドは、アリューザ・ガルド全土を制覇することを宣誓、まずはウォリビア地方の制圧に取りかかった。

 平穏を望むエシアルルの意思を汲んだファルダインは和解を申し出るが、ルヴォネードはこれを無視、魔法の火をもってウォリビアの大森林を焼いていった。
 北部へ向けて移動中のアイバーフィンの中で風の力に長けた者達が逆風を吹かせてアル・フェイロス軍に一矢報いるものの、アル・フェイロスはさらに強大な魔法の劫火“ルアラン”を発動させた。これにより、アイバーフィンにも多大な被害が及び、風を操る翼の民にもなすすべが無くなった。

 一方、ようやくラディキア群島へ移住していたドゥローム達もこの争いを止めるべく、龍達“ドゥール・サウベレーン”と結託し、ティン・フィレイカへの海からの攻撃を試みた。しかしながらドゥロームがアル・フェイロスに至ることはなかった。シャルパ地方の東岸にたどり着こうとしたその時、すべての船は一瞬にして海の藻屑と化し、また空を行く龍達も翼を打たれて海に落下していったのだ。これはアル・フェイロス軍の力ではなく、何かしら超常の力の発動ゆえである。以来、この地域は“忌まわしの海”アガンディッケと呼ばれ、今なお何人たりとも寄りつこうとしない。

[ルヴォネードの謝罪]

 さて、魔法の劫火をもって大森林は次々に焼かれていった。
 だが、エシアルル王ファルダインは、ついにディトゥア神族としての力を行使することとなる。ファルダインの力は強大な呪いとなり、アル・フェイロス国内の穀物や水を毒に変えてしまったのだ。
 冬の季節に至り、ついにアル・フェイロス王国の財政が破綻してしまった。ルヴォネードはすべての軍隊をウォリビア地方から退かせ、単身で世界樹に赴いた。その地には、事態の重さゆえにディトゥアの長イシールキアまでもが姿を見せていたのだ。彼はイシールキアの名に誓い、ファルダイン及びエシアルルに非を詫びた。
 これが世に言う“世界樹の宣誓”である。
 以降、バイラルが他種族に対し攻撃を行うことは禁じられたのだ。

 エシアルルは再び、静謐なままに森を護り、アイバーフィンは移動を再開、ついにアリエス地方にたどり着くこととなる。

[王国の没落、忘却の時代へ]

 国力が疲弊しきったアル・フェイロスには、軍事面でも文化面でも、もはやかつての勢いが無くなっていた。五十年足らずで急激に膨張した王国は、早くも没落の時代を迎えてしまったのだ。
 世界樹の宣誓から五年を待たずして、アル・フェイロス王国は瓦解した。

 そして――音もなく、“忘却の時代”が訪れる。
 全く謎の空白期間が。

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