『フェル・アルム刻記』 第二部 “濁流”

 朝。
 しかし、色すら失って灰色一色となったこの空には、陽の光などすでに無い。“薄明るい”としか言い表すことの出来ない曖昧な色彩のみが、かろうじて朝の到来を告げるものとなっている。
 フェル・アルム北方に存在するは黒い空。そこは“混沌”の支配に置かれた忌まわしい領域。
 今朝になってその浸食はさらに進んでおり、スティン周辺はもはや“混沌”の配下にあった。黒い空は相も変わらず、空の中で渦を巻くがごとくに禍々しくも動的にうごめいており、少しずつ、だが確実に灰色の空を侵しつつある。微弱ではあるものの、魔物の気配すら感じられるようだ。ほど遠くない時に、魔物が襲来するに違いない。
 色を失った空と、かたや“混沌”に覆われた空。超常的なその色合いは、人々に絶望しか与えない。
 終末を迎える世界はこのような空模様となるものなのだろうか。世界の終末などはアリューザ・ガルドを創造したアリュゼル神族でさえ思いもしないことだ。だが、世界の終末を表す空は今、明らかに現前しているのだ。ここ、閉ざされたフェル・アルムの世界において。

 ルード達はいよいよ歩を進めていく。
 ウェスティンの地は、空気そのものに質量があるかのような重々しい雰囲気に包まれている。
 ルード達の前方に、深紅の壁が行く手を阻んでいるのが見えるようになった。それは二千からなる烈火。名が示すとおり、赤い鎧に身を包んだ最強の騎士達は、身じろぎせずに仁王立ちをしているかのようだ。烈火の掲げる聖獣カフナーワウの旗が見えたあたりのところで、北部の住民達は歩みを止めた。先行しているルード達も足を止め、黙したまま前方の烈火の隊列と対峙する。
 中央に陣取っているのは騎馬部隊。おそらくはかの烈火においても精鋭中の精鋭であろう。そして両翼には剣をおろし、臨戦態勢を取っている騎士達が多数控えている。自分達と烈火との隔たりはもはや三フィーレもないだろう。もし、烈火が戦闘態勢に入ったとしたら――
 〈帳〉の魔導や、聖剣の“力”を持ってしても多勢に無勢。ルード達は抵抗出来たとしても、丸腰同然の北部の民に勝ち目などとうていあり得ない。
 烈火達は、いや、デルネアは待っていたのだ。ルード達の到来を。そして、ウェスティンの地を舞台に選んだというのも、デルネアの計らいか。それは、世界の運命をこの地にて決めるという意志。

* * *

 一陣の風が、ウェスティンの地を吹き抜ける。それには涼しさも、心地よさもみじんに感じられない。闘気をはらんだ風は、重苦しい空気を追いはらうのではなく、さらに凝り固めていく。戦いを予感させる空気は重々しく、周囲を覆い尽くしていく。
 フェル・アルムの運命は全てこの地に集まった。それがどのような結末を迎えるのか、誰にも分からない。
 ただ一つ確かなことは、このままでは世界の秩序は全て崩壊し、“混沌”の名のもとに終焉を迎えるということ。滅びは、全ての者にとって望むところではない。聖剣の“力”か、デルネアの野心か、どちらかが“混沌”を消し去らないとならないのだ。一刻も早く。何より黒い雲はこうしている今ですら、着実に世界を侵しているのだから。

 そして――
 すうっと、深紅の壁の中央が分かたれたかと思うと、男がひとり、前に歩み出てきた。彼は躊躇うことなく、供もつけずにただひとりでこちらに向かって来ている。
 その男の装いは烈火とは明らかに違う。巨躯ではあるものの、服装など、およそ市井の若者と変わらない。腰に差す剣が強大な力を有していることを除いては。
 ルードは、彼の内包する異様なまでの“力”を感じ取っていた。そして確信した。
(あれがデルネアか!)

「デルネア……」
 〈帳〉の声色は、彼の複雑な思いを表しているかのように、微妙に震えていた。
「……まずは私が話をする。ルードよ、君の出番はそのあとになるだろう」
 ルードはうなずいた。
「出番がないことを願いたいですけどね」
「デルネアの野心がどのようなものなのか、それ次第だ。そして心せよ。あの者の声は、龍の言葉のごとくに引き寄せられるものなのだから。挫かれずに、自身を強く保て」
 〈帳〉はそう言い残し、つと、前に出ていった。

 デルネアと〈帳〉。
 アリューザ・ガルドにおいて、“混沌”に魅入られたレオズスをともに倒した、かつての戦友同士。
 フェル・アルム創造後には、かたや影の支配者として、かたや隠遁した賢者として正反対の生き方を送っていた。
 十三年前のニーヴルの事件以来、両者は再び相対する。

 そして――。

§ 第十章 終焉の時、来たりて

一. 対峙する者達

 〈帳〉は、デルネアと真っ向から対峙し足を止めた。
 ルードは、まるで引き寄せられるかのようにデルネアを見つめていた。
 デルネア。かつては、“混沌”に魅入られたレオズスをうち倒し、そしてフェル・アルムを創造した人物のひとり。それからの六百年余、フェル・アルムを影で操っていたとされる人物が今、目の前に立っているのだ。
 フェル・アルムの全てをその一身につかみ、世界の全てを知る唯一の者。全てを見きわめんとするかのような鋭い眼光。不敵な笑み。引き締まった巨躯。そして腰に差す蒼白く輝く剣。彼を見るだけで気圧されるかのようだ。
 烈火のみならず、この場に居合わせている全ての者を威圧するかのような凄まじい重圧感を、ただひとりの人間が持ち得ているのだ。歴史を影で操ってきた者だけが持つであろう独特の陰惨さと冷酷さ、そして気位の高さをルードは感じた。

「――この一件、やはりお前が絡んでいたか、〈帳〉よ。まあ、お前のことだ、そうであろうとは思っていたがな」
 低く、しかしよく通るデルネアの声は、まるで引き寄せられるかのような心地よさと威厳を併せ持っていた。声そのものが魔力をおびているかのようだ。
「そしてお前の籠絡《ろうらく》に見事引っかかったのがこの面々か……」
 デルネアはそう言い、〈帳〉の背後に控える面々を一瞥した。
 〈帳〉のそばに控えているのは、ルードとライカ。双子の使徒とサイファは、後方で成り行きを見守っている。
「デルネアよ、私はけっして、この者達を籠絡にかけたわけではないぞ」
 デルネアの放つ重圧に抗い、強い意志を持って〈帳〉は言葉を返した。
「彼ら自身が自分達の運命を切り開こうとして選んだ道だ。私はあくまで助言をしたのみ」
 デルネアは鼻で笑った。
「それこそ姑息だ。全てが我の思うままに動いていればよかったのだ。そうすればひずみなど生まれる要因がない。そう、このような事態など起きはしなかっただろうに……見ろ!」

 デルネアが示したのは黒い空。濁流のごとく押し迫りつつあるそれは、すでにスティンの丘陵すらも覆い隠し、なおも浸食を進めている。ほどなく、ここウェスティンの地も黒い空に覆われるだろう。
「あれに飲まれたのならば、全てが無くなるのだ。世界の破滅。それだけは避けなければならない。我がここで待っていたのは、“混沌”を無くすためであり、真の理想郷をもたらすため。〈帳〉よ、お前には用なぞ無い」
 その言葉を聞いて〈帳〉は眉をひそめた。
「貴公になくとも、私にはあるのだ! デルネアよ!」
 〈帳〉は凛とした声をあたりに響かせた。
「貴方とこうして対峙するのも十三年ぶり……か。あの時はトゥールマキオの大樹の中で話したものだったな。私が言ったとおり、ひずみはここまで大きくなってしまったのだ」
「『我を取り巻く大いなる流れは変わらぬ。全ては掌中に収まっている』――こう我は言ったものだな」
 デルネアは懐かしむかのように語った。
「あの時の貴公は、個々の人々の思いをまったく軽んじていたように聞こえたのだが……こうして“混沌”を目の当たりにして、その思いは変わったのか?」
「否」デルネアは言い切った。
「たしかに、“混沌”の流入なぞは我にすら考えが及ばなかったものの、全ての流れは我がもとにある。それは変わらぬものだ、永久にな」
「デルネア、貴方の目は曇ったのか。それは増長と言うものだ」
 落胆する思いを隠しもせず〈帳〉は言い放った。
「世界が終わろうとしている、今この時になってすら、貴方には物事が見えていないのか? ならば単刀直入に私の思いを告げよう。フェル・アルムを――貴方が創造したこの閉じた世界を、アリューザ・ガルドに還元するすべを教えてほしいのだ! そうすれば、全ての呪縛から解き放たれる。あの黒い雲が、“混沌”がこの地を覆う前に、我らが術を行使せねば、その時こそ終焉が訪れるのだぞ!」
「術を行使する、だと? 笑止な。力を失ったお前なぞに何が出来ようか? 今のお前ごときでは、我に相対することすら不相応というものだぞ。貴様の魔力など、我の前にあっては無力に等しい。〈帳〉、今の貴様は夜露をしのぐのがせいぜいの天幕に過ぎぬことを知れ」
 デルネアは冷静に語った。
「たしかに我は知っているとも。還元するすべをな。だが、我の創った世界を、なぜにむざむざ放棄せねばならないというのだ? アリューザ・ガルドへの還元など、させん。今さら貴様らがあがいたところで遅過ぎるというものだ」
「しかし、この期に及んで滅びの時を待つようなことこそ、愚かしい行為だと思わないのか?」
「滅び? 我がそれを望んでいるとでも? 痴れ言を!」
 デルネアは首を左右に振った。
「まったくもって――貴様の考えこそまさに愚の骨頂よ! 我が滅びを欲しているとでも思っているのか? 愚かな……まこと愚かな! 我の思うところはただ一つ、このフェル・アルムに恒久の平穏を与えることだ。世界を滅ぼすなど、考えもしなかったわ」
 デルネアはきっと〈帳〉を見据えて言い放った。
「我は“力”を得るのだ。そのためにここで待っていたのだ。“力”を持つ者の到来をな。絶対的な“力”を手に入れれば、“混沌”のかけらなど、造作もなく次元の彼方に追いやってくれようぞ!」
「この世界の神にでもなろうというのか?」
「全てを超越し、調停出来る存在をそう呼ぶのであれば、我は神になることを望んでいるのだろうな。だがこうして“混沌”を目の当たりにしている今、我はお前などと戯れる時間すら惜しいのだ。――そこの少年よ、来い」

* * *

 デルネアが呼んでいるのが自分のことだと気付いた時、ルードは胸が張り裂けそうになった。自身がこの場所に立っていることすら信じがたいかのような、奇妙な感覚にとらわれた。
 デルネアが満足げにほくそ笑み、小さくうなずく。
「そうだ。お前だ。“力”を持つ者よ。お前の到来を我は待っていたのだ……さあ、我の前まで来い」
 デルネアの声を受け、一歩また一歩と足が進むのはルード自身分かっていた、しかし自分の意志によるものなのかは分からなかった。ルードは〈帳〉の真横まで歩くと、ちらと〈帳〉を見た。
「心せよ、ルード。彼の“力”は強大だぞ」
 〈帳〉の言葉にルードは小さくうなずいた。
「さて、名を訊こうか」
 デルネアは一歩歩み寄ると、ルードに話しかけてきた。ルードは表情をこわばらせたまま、黙して語らない。
「ルー……ド」
 喉から絞り出すようにして、ようやくルードは声を出した。
「ルード、か。……我のことは、〈帳〉より聞いておろう?」
 ルードはうなずいた。
「そう。我こそがデルネアだ。この世界の全てを把握せし者。だからこそ我には分かるのだ。お前が強大な“力”を有している、ということをな」
 デルネアは視線を下方に移し、ルードの下げている剣を見つめた。
「“力”の所在は一つのみ、か。もう一つの“力”が確かに存在していたのだが……どこへ行ったのか知れぬ。だが今、目の当たりにしている“力”でこと足りるであろう。ともあれ、我が探していた“力”がその剣だとは……そも、その剣がこの地にあるとは、我にとってすら驚嘆に値するもの。ルードよ、その剣がなんたるか、知っているか?」
 ルードは、腰に下げている剣に手をやったが、真実を語るのをためらった。
「無駄なことだ。我を前にして物事を隠しとおすは賢明でないぞ。その剣こそがガザ・ルイアートだ。さあ、その剣がどのようなものだったのか、知っているだろう。言うのだ」
 デルネアは、まるで全てを見通しているとでも言うのだろうか? ルードは内心焦りながらも言葉を紡ごうとするが、真実を語る以外に持つべき言葉はなかった。
「ずっと昔に冥王を倒した聖剣だって、聞いている」
「しかり。かように大きな“力”を持った剣だ。よもや聖剣がこの地にあろうなど思いもしなかったが、それこそがこれからの世界を切り開く、大いなる“力”の一端となるのだ」
 デルネアはまた一歩近づいくと、自身の剣を抜きはなった。刀身はほのかに、そして妖しげに蒼白く光り、剣自体がこの世ならざる次元にて創られたものであることが見て取れる。
(まさか、戦おうというのか?!)
 ルードは剣の柄に手をかけようとするが、とっさの判断が出来なかった。明らかに、デルネアの言葉に魅入られているのが分かる。
「……そう構えずともよい。我は戦いを望まぬ。お前の返答次第ではあるが、な」
 デルネアのぎらりとした眼光に気圧され、ルードは動けなかった。デルネアはルードの様子を気にかけるわけでもなく、自身の剣を見つめると、穏やかに語りはじめた。

「かつて、宵闇の公子を倒すために我は……我が友とともに異界へと赴き、この剣を我がものとした。結局、彼を失うこととなってしまったがな……」
 デルネアは剣を持ち直し、その切っ先を地面に突きつけた。
「ユクツェルノイレか」
 〈帳〉の言葉にデルネアはうなずいた。
「……彼の死は、我にとっても大きな痛手だった」
 デルネアは語った。やや悲しげに声が揺れて聞こえるかのようだったが、それは気のせいなのだろうか。
「剣を入手した我《われ》が帰還のためにその空間を漂っている時、偶然にも空間を閉鎖させるすべを知った。我は理想郷創造のために、そのすべを行使することを決意したのだ。そこには戦いなどなく、恒久たる平穏のみが存在する――ユクツェルノイレのような悲劇を生むこともない――」
 デルネアは言葉を切った。
「“混沌”が来る前に話を終わらせよう。すでに魔物の気配がある。ほどなくこの地にも黒い雲が押し寄せるだろう」
 魔物の気配がする。それはデルネアの言葉どおりであった。
 遙か後方、避難民の間からは動揺の声があがっているのが聞こえる。おそらくは“混沌”の先兵達がすでに出現しているのだろう。かん、かんと乾いた剣戟とともに、魔物達の声が聞こえてくるようだ。どのような状況になっているというのか?  デルネアと対峙しているため、振り向けないのがルードにとってもどかしかった。
「ルードよ、お前のその剣、我がもらい受けるぞ。聖剣の“力”を手に入れたその時こそ、我は理想郷を――“永遠の千年《フェル・アルム》”を創造し得るのだ」
 そう言って、デルネアは片手をすうっと伸ばした。友の手をたぐり寄せる動作にも思えるその行為自体が、親しみのあるものにすら思える。
「ルード」
 〈帳〉が小声で諫めるのを聞き取り、ルードは我に返った。

(デルネアの言葉は……危険だ!)
 ルードはあらためて思った。デルネアの話すこと、その一節一節がルードにまといつき、捉えて離さないかのようだ。それはとても心地よいものだが、気持ちを委ねてしまってはならない。魅入られたら最後、デルネアの思うつぼなのだから。『自身を強く保て』という〈帳〉の言葉が思い起こされた。ルードは、自身を強く保つべく、揺れ動く気持ちを必死に押さえようとした。自分達は何のためにここにいるのか? ルードは後ろに控えているライカをちらと見て、うなずいた。その答えはすでに見つけている。
 自然と、ルードの口から言葉がついて出た。
「断る」
 凛としたその響き。確固たる思い。言葉は周囲に響き渡るかのようだった。

* * *

 デルネアは姿勢を崩さずに、眉をぴくりと動かした。
 しばらく、沈黙が周囲を覆う。空気がさらに重々しくなるのが感じられる。
 ルードは自分の鼓動がどくどくと音を立てているのすら感じとっていた。しかし迷いはない。ルードは、きっとデルネアを見据えると、もう一度言った。
「俺はこの剣をあなたに渡すつもりはない。俺達は、俺達自身の手で“混沌”を消し去る!」
 言ったルードは、剣を鞘から抜き去る。ガザ・ルイアートはルードの思いと呼応するかのように、刀身から光を放った。
「そして俺達は、フェル・アルムをアリューザ・ガルドへと戻すんだ!」
「……痴れ言を。なぜに理想の実現を拒むのか、理解出来ぬ」
 デルネアは剣先をルードに向けた。しかしそれのみならず、彼の身体からは圧倒的なまでの闘気が放たれている。
「お前と、そして〈帳〉が考えているのは、このフェル・アルムという世界自体を否定することになるのだぞ。フェル・アルムが創られてから、民はこの世界のみで生きてきたのだ。お前は、そんな民の思いすらも裏切ろうとしているのだ。この世界全ての民に対し、『今までの世界、歴史は間違っていた』と言い切れるだけの力がお前自身にあるのか?」
「たしかに、それは酷なことなのかもしれない」
 デルネアの放つ威圧感を体中で受け止めつつも、ルードは言った。
「そうだろう。ならば――」
「でも! わたし達はそれを知った上で、世界を元に戻す!」
 デルネアの言葉を押し切ったのは、ライカだった。
「我の言葉を止めるとは大した度胸だな、アイバーフィンの娘よ。お前がこの地にあること自体、歪みを生む原因になっているのだぞ」
 デルネアは歪んだ笑みを浮かべた。
「いくらあなたが“力”を持っていたと言っても、世界を創りだす、なんてことは出来やしないわ。アリュゼル神族にしても、世界をまったくの無から創り出したわけじゃあないもの。……あなたの言葉からは、歪みを生んだ全ての原因がわたしにあるように聞こえるけど、そうじゃない。世界自体が変わろうとして、歪みをつくり上げてしまったのだから。あなたはフェル・アルムを操っているのかもしれないけど、かんじんの世界がどう動こうとしているのか、そういうところには目を向けてないのね?」
「デルネアよ。悲しいかな、自身の絶対を信じるがゆえに事態を把握出来ぬ者よ。世界自体が還元を望んでいるのだ。これを押しとどめておくことは我らには不可能というもの。たとえ暫くの間の平穏を手に入れたとしても、再び災厄はやってくるだろう。今以上の歪みとともに」
 〈帳〉が言った。
「たとえ貴公がどのような力を持とうとも、自然の摂理をねじ曲げることは不可能なのだ」
「俺達は――新しく切り開いてみせる! あなたの力には頼らず、自分達の手で!」

「我《われ》が“力”を手に入れたあかつきには、フェル・アルムは完全なる一つの世界となるというのに――お前達はあくまで我に楯突こうというのか!」
 それは明らかに敵意の感じられる声だった。
「だが、全ては我の掌中に収まっている。お前達がどうあがこうと、所詮は無駄なこと……」
 真上から見下すかのような態度を変えないまま、デルネアは冷酷に言いはなった。
「――烈火に総攻撃の命令を下すぞ。ここに集った民を粛清するためにな!」
「粛清だと?! 避難民には何ら関係など無いのだぞ!」
 あまりにも衝撃的な言葉だった。ルードやライカのみならず、〈帳〉すらも呆然としてデルネアを見つめている。
「あくまで平穏にことをすませるつもりだったのだが、貴様らが態度を変えないと言うのならばしかたあるまい?」
 デルネアが右腕を上げると、二千からなる深紅の戦士達は、がちゃりという重厚な音とともに、一斉に剣を構えた。
 ルードは、〈帳〉、そしてライカと顔を見合わせた。あの兵士達が攻めてきたならば、自分達に勝ち目はないのだ。
「我がもう一度この腕を上げた時、烈火は進撃を開始する。貴様らにはもともと選択肢など無いのだ。我に刃向かったことを後悔して、死ぬがいい」
 そう言いつつもデルネアは、手を挙げる素振りをみせる。
「待って!」
 たまらず、ライカが叫ぶ。
「ならば聖剣を我に差し出せ! さもなくば、歴史書に新たな一節が加わろうぞ? 『ニーヴルの意志を継ぐ者達が北部に出現するも、勅命を受けた騎士達によって敗れ去る』とな」
「くっ……どのみち、貴公は我らを消すつもりだろうが!」
 〈帳〉は唇を噛んだ。

 その時、今まで北の空に留まっていた黒い雲が、ゆらゆらと忌まわしく動き始めた。“混沌”をもたらすそれは、自然界では考えられない速さで、とうとうウェスティンの地まで押し寄せてきた。灰色の空のもと、かろうじて明るさを保っていた上空は、ついに暗黒に覆われた。
 間もなく、終焉が訪れる。
 しかし、聖剣ガザ・ルイアートは暗黒に包まれた今、さらにもまして光り輝く。

「……もはや時は少ない。この地が“混沌”の支配下に置かれる前に烈火を差し向け、我は聖剣の“力”を我がものとする。それでも聖剣を渡せぬ、と言うか?」
 押し黙ったままの一同の様子を、デルネアは鋭い眼差しで見やる。剣をデルネアに渡すわけにはいかないが、渡さなければ烈火に蹂躙される。
 デルネアは、ルード達の悩む顔を見つつ、歪んだ笑みを浮かべ――ついに高々と腕をつきだした。
「ああっ!」
 ルードが声をあげるも、すでに時遅し。烈火達は怒濤の進軍を開始したのだ。
 もうもうと砂煙を上げながら、烈火は突進してくる。周囲に轟き、響き渡るのは甲冑の音、蹄鉄の音。そして二千からなる騎士達の闘気が、容赦なく敵対者の戦意を挫かんとする。
 デルネアはルード達に剣先を突きつけた。
「お前達も終わりだ。運命とやらに縛られた愚昧《ぐまい》な者どもよ」
 デルネアは勝利を確信し、刃向かう者に冷たく言い放った。

 ルードのやるべきことはもはやただ一つ。光り輝く聖剣を静かに構え、烈火の攻撃に備える。その横では〈帳〉が魔導の詠唱をはじめている。ライカは精神を集中させている――風の力を喚び起こして攻撃をしようというのか。
 だが、二千の屈強の戦士達を相手に、勝ち目など万に一つもないだろう。
「ライカ」
 ルードはライカを呼んだ。彼女に言うべき言葉は一つ。それは『逃げろ』ではない。すでにルードとライカは運命を共有しているのだから。
「……頑張ろう」
 ライカは目を開けるとルードを見つめ返す。微笑みを見せながら、力強くうなずいた。彼女の翡翠色の瞳は澄み渡り、迷いなどかけらも無い。

 ルード達一同が、ついに意を決したその時だった。
「待て!」
 ルード達の後方から駆けつける者がひとり。その凛とした声の持ち主はルード達の横を通り過ぎ、デルネアと対峙した。
 その者は、まとっていたローブを無造作に脱ぎ捨てると、迫りつつある烈火をきっと見据えた。

「烈火の戦士よ! 私はドゥ・ルイエである!」

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二. “絶対なること”の崩壊

 メナード伯は焦る気持ちを抑えるように、下顎に蓄えた白髪交じりの髭をいじっていた。
 何より、時間がない。黒い雲はすでに上空を覆い尽くし、いずれ押し寄せるであろう“混沌”を待っているのだ。そして、“混沌”の力が強まるにつれて、化け物達が姿を現し、避難民達を襲っている。今はまだことなきを得ているが、はたしていつまで保つものか。加えて、前方からはとうとう烈火が押し寄せてきた。
 自分達に訪れる未来など、もはや無いかのようだ。北方の民はこのウェスティンの地で絶望の中に朽ち果てるしか、道はないのだろうか。
 こうして絶望を認識した時、伯爵は自分の感情すら分からなくなった。長年に渡る人生のなかで、今ほど自分の体と心が重苦しく苛まれたことなど無かったのだ。

「領主さん」
 いつの間にか、伯爵の真横にはジルが来ていた。ジルはつい先ほどまでは、サイファの横についていたのだ。
「まだもう少しは時間があるよ、領主さん。“混沌”が押し寄せるまではね。それまでは魔物とやり合ってる戦士達も持ちこたえられる。魔物達の数にも限りがあるって、兄ちゃ――ディエルが言ってたからね」
「それはありがたい報せだな」
 メノード伯は淡々と言った。
「わしの部下達も、この騒ぎの中でかけずり回っていて、なかなか情報が届いてこなかったのだ。とりあえずの間はしのげるということか、我々のほうはな。しかし――」
 伯爵は前方を見据えた。そこでは今まさに、“烈火”という名の禍《わざわい》が襲いかかろうとしている。
「あの戦士達を相手に、わしらはどう戦えというのだ?! 間もなくやって来るのだぞ!」
 伯爵は苛立ちを隠すことなく、わななきつつも声を荒げた。
「大丈夫だってば」
 ジルは未だ、前方を見据えている。彼の目はただひとりの人物のみを捉えている。サイファだ。
「サイファ姉ちゃんがすることを見ていてよ。おいら、全ての主たるヴァルドデューン様の名にかけたっていいさ。姉ちゃんが、やってくれるってね!」
「ああ、陛下……」
 沈痛な面もちを隠さず、メナード伯は喉の奥から祈るように、気持ちを露わにした。ルード達のほうへと駆けだしていったルイエ。彼女が国王として何を為さんとしているのか、伯爵には図りかねた。ジルは知っている。そしてそれは間もなく、この地にいる全ての者が分かることだろう。

* * *

「烈火の戦士よ! 私はドゥ・ルイエである!」

 地響きとともに押し寄せてくる甲冑と蹄鉄の音にかき消されながらも、ルイエは言い放った。
(私は今、国王として先頭に立っているのだ。今こそ、為すべきことを為す時! ジルよ、君の力、使わせてもらうぞ!)
 ルイエは心に誓うと、手にしていた“珠”を高く放り投げた。するとその白い珠は四散し――ルイエの立像を宙に大きく映し出したのだ!
 烈火は何ごとかと宙を仰ぎ見る。烈火の進軍がやや遅くなったようにルイエには感じられた。彼女の額を飾っている宝珠を知らぬ者など中枢にいない。それは、ドゥ・ルイエのみが飾ることを許されている青水晶なのだから。
 ルイエは大きく両の手を広げ自分自身を誇示した。
「烈火よ! 私の言葉を聞くのだ! 私は諸君らの主、ドゥ・ルイエである!」
 ルイエの発した声と同様、宙に映った幻像からも声が放出される。それは烈火が突進する音すらもうち破って、朗々とあたりに響きわたった!

「ルイエだと? なぜ、ここに……少々放蕩が過ぎるのではないか? のこのことアヴィザノを抜け出してくるようでは、執政官達の気苦労も絶えまい」
 デルネアは言った。臣下の言葉としてはまったく礼を欠いた言葉ではあるが、デルネアも、当のルイエも構っていない。すでに君臣の間柄ではないと、お互い悟っているからだ。
「デルネア。私は貴君が今までに――遙か過去から現在に至るまで、いかなることを為してきたのかを知った。だが、貴君ももう少し私のことを知るべきだったな。私は凡庸たる君主ではあるが、少なくとも自分が何を為さねばならないのか、それくらいは心得ているつもりだ」
 ルイエはデルネアに対して言った。
「私を軽んじてもらっては困るな、将軍よ。貴公の暴走をくい止めるために……そしてルミエール・アノウとエヤード・マズナフ、両名のためにも、私はここにいる!」
「……我と烈火の動向を追っていたのは、国王自らだったとはな。それは今の今まで思いもしなかったわ。それで、貴様のお守りにつけられたのが近衛二名だったということだな」
 歯牙にもかけない様子を露わにするように、デルネアは鼻で笑った。
「かの者達に疾風をけしかけたのは、間違いなく我の命によるものだ。……それでルイエよ、仇討ちでもするつもりか? まあ、さぞ悔しかろうな」
 その態度に、思わずルイエは顔をしかめる。
「言うな! 彼らの無念さなど、貴公に分かるものか!」
「ああ、分からぬわ。たかだか人間数名の命であろう? 我がそんな些細なことでいちいち感傷的になるようでは、世界全てを掌握出来るものか」
「貴様あ!」
「デルネアの言葉にのせられては駄目だ! あなたにはしなきゃならないことがあるだろう?! 時間がないんだぞ!」
 ルードの言葉を聞いて、ルイエは目が覚めた思いがした。デルネアの掌中で踊らされて、危うく目的を忘れるところだったのだ。烈火は先ほどより足が鈍ったようであるが、瞬きを数回しないうちにも辿り着くところまで近づいてきていた。
「ルイエよ、我と戦うか? 自らの死をもって後悔するのが関の山であるがな」
「いや、私は貴君と戦うわけではない。私はドゥ・ルイエとして為すべきことを為すのみだ!」
 すんでのところで、ルイエは荒ぶる感情を抑えた。ルードに目配せをして感謝すると、再び全ての烈火を見渡して、言葉を発した。

「烈火の戦士よ、ドゥ・ルイエが命を聞け! 進軍を止めよ! これは勅命である!」

 ルイエがその勅命を発した時、誰にとっても信じがたいことが起きる。出来事を確信していたのは、ルイエひとりだったのかもしれない。
 がちゃがちゃと甲冑を鳴らしながら近づいてきていた烈火の足が、前列から順々に止まっていくのである。
 やがて――周囲はしんと静まりかえった。

 全ての烈火達は、戦闘に備えて構えていた剣をおろすと、先ほど対峙していた時と同様、不動の体勢をとった。
 そして、かしゃ、かしゃ、という音があたりに響く。典礼の際に、近衛兵達がそうするように、烈火達は一斉に剣を高く掲げ、そしてそれぞれの目の前に構えると、小さく一礼をしたのだ。臣下の礼。ルイエは宮殿にて、この礼式を何度となく目にしているが、このような大人数が一斉に行うのを見るのは始めてであった。
 ルイエ自身、圧倒される思いであったが、何よりも達成感がそれにまさった。彼女は誰にも知られないように、小さくほぅっと息をつくと、烈火に対しておもむろに手を挙げた。
 それを見た烈火は、臣下として応えるべく、剣をしまうと一斉に一礼をした。
 宙に浮かんだルイエの像は、すうっとかき消えていった。

「何?!」
 ルイエの為したことに対して、ルード達は驚きの声をあげる。が、それ以上に驚いたのはデルネアであろう。彼は後ろを振り向いたままでその表情は読み取れないが、デルネアがあきらかに狼狽しているのが分かる。今まで軍を率いていたデルネアの命令に対し烈火が拒否した。これはデルネアにとって、まったく想像出来ないことであったに違いない。
「止まっただと?! 解せないことだ」
「デルネアよ。やはり貴公は増長しきっているようだな。烈火は私の配下に置かれている戦士達だぞ。ルイエたる我が命令を聞き入れるというのが当然のことだろう?」
「馬鹿な!」
 デルネアは、まるで信じられない、という面もちのまま、顔を横に何度も振って、吐き捨てるように言った。
「烈火という戦士を形成したのも、何より今までの行軍を統率していたのも我だというのに、なぜ! なぜ我の命令が聞けぬのだ! 進軍せよ!」
 しかしデルネアの言葉はまるで風のように流れて行くのみ。烈火の中で誰ひとりとして動こうとする者はいない。

 烈火は、かつてデルネアが作りあげた中枢の精鋭戦士である。ドゥ・ルイエに絶対の忠誠を誓う戦士達。かつてのルイエ達は、デルネア自身の言葉を“神託”として受け入れていたのだが、今のルイエ――サイファ――は、違っていた。
 王になる者は“ドゥ・ルイエ”の名を冠すると同時に、幼少の名を捨て去るのが通例だが、現ルイエは、王となった今でも幼少の名“サイファ”を併用している。それが、確固とした己というものを未だに持っている要因でもあったのだ。公の立場では国王『ルイエ』でありながらも、また『サイファ』というひとりの人間でもあるという認識。今までの王との違いがそこにあった。
 そして、そのことをデルエアは見抜けなかった。
「我は絶対なる存在! 信じられるものか! 我を差し置いて、ルイエごとき命令を聞くなど!」
 デルネアは、自分自身の拳を力任せに地面に叩き付けた。ごうんという鈍い音とともに、デルネアの目の前の地面に亀裂が走り、ルード達の足下にまで伸びていった。
 ルードは亀裂を避けて飛び越すと、ルイエの横まで来た。
「世界を全部ひとりで操れるなんてことは、出来ないと思う」
 うつむいたデルネアに対し、ルードは諭すように言った。
「フェル・アルムは、確かにあなたが創った世界かもしれない。けど俺達は、その創られた世界の中で俺達なりに生活しているんだ。あなたが介在しなくっても、ちゃんとやっていける」

 その時、石のように動かない烈火達の中から、数名の者が走り抜けてきた。全身黒ずくめの装束をまとった彼らに、ルイエは不安を覚えた。デルネアの側近であろうが、宮中でも見かけたことなどない者達だ。
「あれは隷だ。存在を知られぬように、ひそかに宮中に住まう者達。デルネア麾下の参謀であり術使い、と言おうか。剣の腕は持たぬがな」
 〈帳〉が言った。
「なるほど。少なくとも彼らだけは、デルネアに忠誠を誓うのかもしれん」
 隷達はデルネアの周囲を取り囲むと、術の詠唱に入ろうとした。が、デルネアに制止された。
「やめおけ。貴様らの魔力では〈帳〉にうち消される。もっとも〈帳〉よ。“礎の操者”と冠されていたお前も、今となってはそれだけの力しか持ち得ていないのだがな」
 〈帳〉は否定しなかった。
「しかし、我に従う者がこれだけしかおらぬ、とは。二千の烈火は結局動かぬのか、ふん……」
 デルネアは自嘲するかのように笑った。

* * *

「ルード」
 ルイエは小声でルードに話した。
「土が腐り始めている。黒い雲の影響がすでに顕著に出てるようだ。何より避難民達の中にはクロンの悪夢から逃げてきた人もいるのだから、このような場所から一刻も早く立ち去りたいに違いないだろう? ――避難民だけでも、先にサラムレに行かせてやりたいと思うのだけれど?」
「もちろんそうしたほうがいい、とは思うんだけれどな」
 ルードも賛成した。
「だけど……それが出来る?」
「やってみるしかないだろう? 必ず烈火を動かしてみせる。まあ、それは私の役目だからね」
 ルイエはルードに笑いかけると、次の瞬間には毅然とした表情に戻り、再びデルネアと対峙した。

 デルネアの発する闘気は相変わらず圧倒的なものである。
 が、ルイエはあえてその闘気を真っ向から受けた。ルイエ自身の為すべきこと。その大筋はすでに終わったとはいえ、あくまでデルネアに対しては、戦いの勝者として正々堂々と渡り合わねばならない。その思いこそが、ドゥ・ルイエ皇としての風格に繋がるということを、当のルイエは知ってか知らずか。ルイエは毅然とした口調でデルネアに話しかけた。
「物事は全て貴公の思うがままに進むわけではないということ、その身をもって知ったであろう、デルネアよ!」
「……小娘が。お前が今のドゥ・ルイエたる立場にあるというのも、全て我《われ》が計らったことだというのに刃向かうとは……身のほどを知れ!」
 デルネアの闘気が膨れあがり、ルイエに襲いかかった。
「うああっ!」
 かたちを持たないその力は容赦なくルイエを痛めつける。ルイエは両の手で自らを抱きしめるかのように、自分自身を守ろうとするが、ついにこらえきれずにどう、と倒れた。
「サイファ!」
 ライカは思わずルイエのそばに駆け寄り、彼女を抱き寄せた。幸い、傷は浅いようだ。
「しっかり」
「ライカ……ありがとう。大丈夫よ」
 ライカの肩を借りたルイエは、やや顔をしかめながらもすっくと立ち上がった。

「我、ドゥ・ルイエの名において、烈火に命ずる! 貴君らの敵はニーヴルにあらず! この地に現れている化け物を押さえ込むことこそ烈火の使命と知れ! まずは道をあけ、北方の避難民を通してやるのだ。そのあとで、臨戦態勢に移れ。繰り返すが敵はニーヴルではない! これは勅命である!」

 勅命を受けた烈火達は、即座に二つに分かれていく。騎士達の列の間から、サラムレへと続くルシェン街道が現れた。
 今、街道の封鎖は解けたのだ。

「貴様……! あくまで神託に背くか」
 デルネアは後方で道を空ける烈火達の様子を苦々しく見つめるほか無かった。
「神君ユクツェルノイレなど実在しないことを、私は〈帳〉殿から聞いた。今まで神の役を演じていたのが貴公である、ということも」
 ルイエは続けて言った。
「デルネア。黒い雲が近づいている。避難民を通してやってくれぬか」
「……ふん」
 毅然とした眼差しと、鋭い眼光。ルイエとデルネアはお互いの視線を交錯させるように対峙する。今度はデルネアも力ずくで押さなかった。国の君主と、世界の君臨者の間には、目に見えない何かが交錯しあっているかのようであり、両者一歩も引く構えを見せない。それは静かなる戦いであった。
 長い沈黙が周囲を包んだ。
 が。

「……通るがいい」
 ついに、デルネアは重々しく言った。デルネアの思惑の一端が、音を立てるかように大きく崩れ去った瞬間であった。

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